行く前は、「図書館で本を読む旅」を夢見ていました。
お気に入りの一冊をバッグに入れて、
メルボルンの中心にあるビクトリア州立図書館でゆっくり過ごす——。
そんな“知的で優雅な時間”を思い描いていたのです。
けれど、現実の私は、その本を一度も開きませんでした・・・。
■本を読まなくても満たされる場所
初めて足を踏み入れた瞬間、思わず息をのむような光景。
高い天井から降り注ぐ光、放射状に並ぶ木の机、
そのすべてが静けさをたたえながらも、
どこか“生きている”ように感じられました。
観光客がデッキから写真を撮っているのを横目に、
私も一枚、二枚とカメラを向けました。
でも、そのうち撮るのをやめて、
ただその空間に身をゆだねてみました。
すると不思議なことに、
ほんの数歩、書架のある奥のエリアに足を踏み入れた途端、
まるで“別の空気”に包まれたような気がしたのです。
静寂。
でも、冷たくはない静けさ。
長い年月を経ても、ここに“学ぶ人”“読む人”が集い続けてきた
文化の息づかいのようなものが漂っていました。
机は木づくりで、手ざわりも優しく、
椅子の座り心地もしっとりと落ち着いていて。
「もしここで毎日過ごせたら、どんなに幸せだろう」——
そんな思いが自然と湧いてきました。
■回廊で見つけた、文字の旅
館内のテラス回廊は、まるで小さな博物館のようでした。
壁面やガラスケースには、世界各国の貴重な書物や印刷物が展示されており、
その中には日本のものもありました。
紙の匂い、印字のかすれ、装丁の古びた布地。
それらを眺めながら、思いました。
**「文字を通して、人類は脈々と知識を受け継いできたんだな」**と。
本というのは、単なる情報の器ではなく、
人と人をつなぐ“時間の橋”なのだと、
この静かな回廊であらためて感じました。
■“本のある街”の強さ
図書館を出て街を歩いていると、
思いのほか多くの書店を見かけました。
路地の角、カフェの隣、アーケードの中……。
どの店も個性があり、人の出入りがありました。ソロ活女子のドラマにも出てきたような写真集もありました。
「ああ、この街ではまだ“本の文化”が根づいているんだな」と感じました。
私の地元では書店が年々減り、
気づけば“本を手に取る場所”そのものが遠くなっている。
でもメルボルンでは、
本屋も図書館も“街の生活の中にある”。
観光地というより、“日常の風景”の一部として。
そのことが何よりも嬉しく、
本を読まなくても心が満たされた理由は、
きっとそこにあったのだと思います。
■「読む」旅ではなく、「感じる」旅へ
ビクトリア州立図書館は、
私にとって“読む場所”ではなく、
“本と人の存在を感じる場所”でした。
読まなかったことを後悔するどころか、
むしろ「いつかもう一度、ここで静かに本を開いてみたい」と
新しい夢が生まれました。
旅のテーマは変わるもの。
今回は「読むはずの旅」が、
結果的に“文化の鼓動を感じる旅”になったのです。
■中高年の旅におすすめの視点
- 図書館は“観光スポット”というより“生きた文化の場”として訪れてみる
- 書店を見かけたらぜひ立ち寄る。装丁や客層にその街の空気が宿る
- 写真を撮るより、まずは“その場の静けさ”を味わう
■おわりに
若い頃の旅は“見る”旅だったけれど、
今は“感じる旅”が心地いい。
図書館で読まなかった本が、
次の旅のきっかけになるかもしれない。
そう思うと、“読まなかった”という体験さえ、
ちゃんと旅の一部になっているのです。


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