「芸術はお金じゃない」…でも本当にそう言い切れる?
先日訪れた長坂真護さんの講演会。
彼の作品は、見る者の心を揺さぶる迫力がある。
けれどもう一つ、私が衝撃を受けたのは――その“価格”だった。
20センチ角ほどの小さな作品でも10万円以上。
大きな作品になると、数千万円、あるいは1億円を超えるものもある。
展示会場では、一般のファンだけでなく、投資家や企業関係者の姿も目立ち、
実際にその場で商談が行われていた。
正直、私は戸惑った。
「芸術って、もっと純粋で、無償のものでは?」
そう思っている自分がいたのは事実・・・。
🎨アートは「経済」と切り離せない
しかし、長坂さんはその点をとてもオープンに語っていた。
「アートは“想い”だけでは続かない。
世界を変えるには、仕組みもお金も必要なんです。」
アーティストであると同時に経営者として、
作品の販売や戦略を明確に考えている。
得た利益をガーナの支援や工場建設に還元するという“循環”の仕組み。
彼は売り上げの5パーセントを自分の収益とし、その他は様々な活動に充てているという。
それが彼の提唱する「サスティナブル・キャピタリズム(持続可能な資本主義)」だ。
つまり、彼にとって「売る」ことは目的ではなく、手段。
作品が高額であることには、
“社会を動かすための資本を生み出す”という理由がある。
🪙芸術家が「お金の話」をする時代
私はずっと、「芸術家はお金の話をしないもの」と思っていた。
どこか“清貧”であることが美徳のように感じていたのだ。
そういえば、かつて片岡鶴太郎さんが語っていたのをきいたことがある。
芸術の世界で生きることは決して楽ではない。
芸人から画家に転身したジミー大西(最近はまた芸人として活動されていますが)も「時給にしたら悲しくなる」と言われていた。
小説家の林真理子さんの講演では、
「契約時にお金の話をするのは下品」と言われたと苦笑されていた。原稿を上梓して本となり、その後、初めて通帳に振り込まれた金額で確かめるのだという。売れっ子の作家には「一行いくら、原稿一枚いくら」という目安はあるらしいが細かい話はしないそう・・・。
それでも、この話は平成に聞いた話。今、時代は変わりつつある。
クリエイターが自ら価格をつけ、自らの価値を発信する。
それは、“お金を稼ぐこと=悪いこと”という古い考えを超える一歩なのだと思う。
🧩お金は「汚い」ではなく「使い方で清くも汚くもなる」
長坂さんの活動を見ていると、
お金そのものを語ること悪ではない、むしろ必然と思わされる。
限りある人生で、お金をどう使うか、どう循環させるか。
彼は作品を売ることで得た収益を、
ガーナの教育や雇用づくりに還元している。
つまり、アートは社会の血液のようにお金を流す仕組みでもあるのだ。
芸術で利益を得ることは、
「誰かを救う力」に変えることでもある。
お金の話を避けるよりも、
どう生かすかを語ることの方が、ずっと誠実だと思う。
🌷私が感じた“強さ”と“潔さ”
会場の長坂さんは、堂々とした口調で語っていた。
けれどその姿の奥には、
「迷いや葛藤もたくさんあったはず」と思う。
彼は自信家のように見えて、実はとても繊細な人なのだろう。
英語の習得にも苦戦しているという話には、
“努力で乗り越えようとする人”の素顔が垣間見えた。
だからこそ、彼の言葉は説得力を持つ。
「お金を語る芸術家」は、単に強気なのではなく、
その裏に真面目さと責任感がある。
そう感じた。
✨お金と芸術、どちらも「生きる力」
この日を境に、私は
「お金を話題にすること=下品」だとは思わなくなった。
むしろ、それを正面から語れる人こそ、
自分の人生と向き合っている人なのだと思う。
芸術もお金も、どちらも生きるための力。
形は違っても、どちらも“誰かを動かすエネルギー”だ。
🔍次回予告
次回(最終回)は、
「自信と迷いのあいだに――講演で見た“人間・長坂真護”」
彼が語った「英語学習」「挑戦」「後悔」——
その言葉から、私自身が感じた“中高年としての共感”を綴ります。
長坂真護さんの個展(金津創作の森美術館)の案内はこちら


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