──知らなかった問題を、これからは他人事にしないために──
■映画を観て、初めて向き合った「親権」のリアル
先日、知人に誘われて映画『五月の雨』を観る機会をえました。
この作品の中心に描かれているのは、DVに苦しみながら離婚を選んだ女性と、そこで直面する“共同親権”の問題。物語としてはフィクションですが、当事者や弁護士が登場するなどドキュメンタリー要素もあります。74分と比較的短かめの長編ですが、私は多くの場面で胸がざわつき、「これは誰にでも起こりうる現実では?」と感じました。
この「共同親権」の問題は、長きにわたり議論され推進派・慎重派・反対派と意見が大きく分かれるテーマです。
私は専門家ではありませんし、どれかの立場を強く主張する気持ちもありません。ただ、映画をきっかけに「これまで知らなかった」「それではいけない」と思い、少しずつ勉強してみよう……そんなスタンスでこの記事を書いています。
そして実は、私の周りにもこの問題に直面している知人が複数います。
“自分ごとではないけれど、決して他人事ではない”──そんな感情が、今回筆を取った理由のひとつでもあります。
■日本では今も「単独親権」が原則
日本の離婚後は、父母どちらか一方が親権を持つ「単独親権」が長く続いてきました。
結果として、実際の親権取得者は母親が圧倒的多数。
子ども1人の場合:約88%が母親
父親が親権を取得するのは約12%(参考)
理由としては、
- 乳幼児は生活面で母親中心になりがち
- 父親の育児参加が日本ではまだ不十分
- 実務上、裁判所が「現状の監護状況(誰が育ててきたか)」を重視する
などが挙げられます。
その一方で、非親権者(多くは父親)側には
「子どもに会えない」
「養育費だけを負担する立場にされている」
などの不満や孤立感が強く、これが“共同親権化”の議論に拍車をかけた背景でもあります。
■共同親権の導入は、なぜこれほど賛否が分かれるのか
共同親権制度そのものは、世界的には珍しくありません (令和2年に法務省がG20を含む海外主要24カ国を調査した結果では、印とトルコを除く、多くの国で共同親権が認められています。)
しかし、“日本の現実”にそのまま当てはめられるのかは、慎重に考える必要があるようです。
●メリットの例
- 双方が責任を持つという建前が明確になる
- 経済的な義務(養育費など)を「親権者である以上、逃げられない」と考える人もいる
- 父母双方が子育てに関与でき、子どもにとって良い影響を期待できる
- 父母の立場が対等になる
●大きな懸念点
- DV・モラハラの加害者が、別れた後も“親権者”として関わり続けるリスク
- 避難中・調停中の母子が、法的に不利になりかねないとの指摘
- 親同士が協力できない場合、実務が混乱し、子どもが板挟みになる
- 子どもの意見が軽視される可能性
- 行政手続きが煩雑化し、母親の精神的負担が増える
映画『五月の雨』でも、特に
「暴力から逃れたはずなのに、制度上また関わらざるを得ない」
という恐怖が強く描かれていました。
もちろん映画は女性中心の視点ですが、実際にDVを経験した人にとって、この“関与され続ける恐怖”は決して誇張ではありません。
女性が抱く「身体的な強さへの恐怖心」や「支配されることへの感覚の鋭さ」。
男性にはなかなか共有されにくい感覚ですが、これは生きづらさとも結びつく、とても繊細なポイントです。
■“経済的責任”の明確化としては、共同親権はどうなのか?
共同親権の議論でよく言われるのが、
「親権があるのに養育費を支払わないのか」
という問題。
ただ、法的には
- 養育費の支払い義務
- 親権
- 監護権・面会交流
は必ずしも連動しません。
●養育費=課税?非課税?
養育費は 原則非課税 です。
ただし、未婚のカップルの場合、支払いの取り決め方によっては“贈与”とみなされ課税対象になるケースもあります。
「慰謝料なら非課税」が広まっているのは、有責配偶者からの慰謝料は非課税という制度があるためですが、養育費の肩代わりを「慰謝料」として扱うのは法的にグレーで、あまり勧められません。
本当にケースバイケースで複雑です。
■児童手当は誰に支払われるのか
基本は「子どもを現に育てている者(生計維持者)」が受給者です。
離婚前の夫婦では、
収入の高い方が生計維持者と判断され、そちらに支払われる
というケースが多いです。
離婚後は、実際に子どもを育てている親に支払われるため、
単独親権だから/共同親権だから
という区分ではありません。
ここもまた、一般には誤解されやすい点です。
■“制度がどうあるべきか”よりも大切な視点
今回いろいろ調べるうちに、法律論だけでは語れない問題だと痛感しました。
- 暴力から逃げた人の安全
- 子どもが混乱しない環境
- 経済的な責任の確保
- 父母双方の心身の健康
- 行政手続きの現実
- 知識を持たない人ほど不利になる構造
そして何より、
女性が感じる恐怖や危険の予兆が、社会に十分に理解されてこなかった
という事実。
これらを無視して制度だけ変えれば、どこかにしわ寄せが必ず発生します。
私は専門家ではありませんし、意見を押し付けたいわけでもありません。
ただ、「知らなかった」ままで通り過ぎてきたことに気づき、これからは少し注意深く見ていきたい――その気持ちが強くなりました。
そして、私の周りにも同じ問題で苦しむ人がいる以上、「まったくの他人事ではない」のです。
■おわりに
単独親権・共同親権の議論は、数字や制度だけでは割り切れない領域です。
家族の形、暴力の有無、経済状況、性差による恐怖の感じ方……複雑に絡み合っています。
映画『五月の雨』をきっかけに、私自身が初めて深く考えるようになりました。
「どちらの制度が正しい」という二者択一ではなく、まずは現実に起きていることを知り、多様な立場を理解し、これからの変化を見守っていきたいと思います。
この文章が、同じように“なんとなく知らないまま通り過ぎてきた”誰かの気づきにつながれば嬉しいです。


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