ギプスが外れた日。終わりじゃなくて“ここから”でした

暮らし・日常

固定と「動かす」のあいだで、自分の身体とどう付き合うか

足のギプスが取れました。
不自由な生活から解放されるはずなのに、いざ外れると不安のほうが大きい――そんな不思議な感覚を味わっています。

もちろん完治ではありません。
骨が完全につながったわけではなく、まだ固定は必要。松葉杖も“使うように”と言われていますが、現実の生活の中では、つい頼らず歩いてしまうこともあります。

医師からは歩き方の指導はありました。でもそれ以外、
「どこまで動いていいか」
「体全体のケアはどうするのか」
といった細かな生活面は、ほとんど言及されませんでした。
大きな怪我ではなく理学療法士も介入しない――だからこそ、「あとは時間が解決」という空気。でも、私はこの“時間まかせ”が少しこわかったのです。


「体は患部だけでできているわけじゃない」と痛感

2週間ほど動かなかっただけで、体は見事にガチガチに固まりました。
足を庇うから反対側が痛くなり、姿勢が崩れて腰まで痛くなる。
「体はつながっている」という言葉を、まさに全身で実感しました。


いまどきのギプスは「ガチガチ固定」ではない

今回驚いたのは、ギプスの“今どき事情”。

私の場合は、

  • 固定の目的は 足首
  • ふくらはぎの後ろと足底を支えるように固定
  • その上から包帯でおさえる“半固定”

昔のように石膏で固めるわけではなく、
“必要なところを必要なだけ固定する”スタイルが一般的なのだそうです。

つまり今は、

「全く動かさない」ではなく
「守りながら、止めすぎない」

そんな考え方が主流になっているのですね。


久しぶりのジムで、心に響いた言葉

勇気を出して、久しぶりにジムへ行きました。
トレーナーさんは元アスリートで、怪我の経験も豊富な方。

そんな彼が言ってくれた言葉。

「今はぎっくり腰でも“安静2日”の時代なんですよ」
「動かせる部位は、むしろ積極的に動かしましょう」

この日は、ほとんどがストレッチ。
あとは軽いショルダー筋トレと腹筋。
それだけなのに、全身に血が巡るのがはっきり分かりました。

「私、こんなにも体を止めてしまっていたんだ」

そう気づく瞬間でした。


焦っても、骨は“骨のスピード”でしか治らない

正直に言えば、これからもしばらくは時間がかかるでしょう。
歩き方も、しばらくはぎこちないと思います。

でも――
サイズを大きくすれば普通の靴が履けるようになった。
これは大進歩です。

まだ油断は禁物。
松葉杖も必要。
でも、「重くなった身体を、これ以上重くしないようにしたい」。
上半身は動かせる。背中を伸ばし、呼吸を深くして、血を巡らせることはできる。
“できないこと”より “まだできること”に目を向けたいと思っています。


中高年になると、不調は特別なことではなくなる

年齢を重ねてくると、
どこかしら体の不調や違和感を抱えている人がほとんどではないでしょうか。

それが一時的なものか、長く付き合うものかは人それぞれ。
でもその不調が、全身を蝕んだり、心まで重くしてしまうのは、やっぱりもったいない。

「もう年だから」とあきらめるのではなく
いまの自分にできることに目を向けたい。

守るべきところは守る。
動かせるところは、ちゃんと動かす。
それだけでも体は少し温まり、心も少し前を向ける気がします。


今回の怪我は、
“体とどう付き合っていくか”を学び直す時間 になりました。

ギプスが外れたのはゴールではなく、
ここから始まる「自分をていねいに扱う時間」のスタートライン。

骨はゆっくり治る。
でも、体と心の向き合い方は、今からでも変えていける。
そんな思いで、もう少しこの足と付き合っていこうと思います。

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