■ はじめに:なぜこの問題をもう一度書きたいのか
福井県の前知事が、職員に対するセクシュアルハラスメントを理由に任期途中で辞任したにもかかわらず、退職金として約6,000万円余りが支払われたという報道が出ました。
この件について、私は以前にも記事を書いています。
▶ 私の以前の記事
「知事セクハラ報道で感じた違和感 ― 表現と言葉の距離について考える」
当時は、報道のあり方や言葉の選び方、男女関係や恋愛という文脈に無理やり押し込められていく違和感について書きました。
しかし、時間が経ち、私自身も冷静さを取り戻すなかで、
直接の謝罪がないまま幕引きされたことへのもやもや感、
退職金が支給されたという事実が被害者感情に与える影響を考えると、
やはりこの問題は、もう一度きちんと整理しておく必要があると感じたのです。
全国から怒りの声が上がるのは自然な反応でしょう。
ただ同時に、私の頭の中では
「その怒りは、どこに向けられるべきなのか?」
という問いが、何度もループしていました。
この記事は、その問いから逃げずに考えるための試みです。
■ 事案の事実整理:何が起きたのか
事実関係を簡潔に整理します。
- 前知事が職員に対して、セクハラ的な言動・行為を行ったとされ、複数の人が第三者委員会に相談した
- 前知事は辞職し、県は退職金6162万円を支給した
- 第三者委員会の報告が報道される前後、県庁には100件を超える苦情電話が殺到したとされている
事実を時系列で並べると、浮かび上がってくるのは
「説明責任」と「倫理責任」が宙に浮いたまま終わってしまった構造ではないでしょうか。
■ 法的な責任と社会的な責任は別物
ここが、この記事で最も大切にしたいポイントです。
前知事の行為は、倫理上、極めて重大な問題です。
第三者委員会の報告内容や、複数の被害相談があったという事実は、決して軽視できるものではありません。
一方で、法的な責任追及、とりわけ刑事責任の追及は極めて難しいという現実もあります。
身体接触があったと報じられている場合でも、刑法上の構成要件(不同意性交・不同意わいせつ等)を満たし、かつ有罪を立証できるだけの客観的証拠が必要です。
実務の観点から見れば、起訴に至るハードルは非常に高いと評価されています。
ここで重要なのは、
「法で裁けないこと」と「問題がなかったこと」は全く別だ
という視点です。
■ 「退職金」とは何か ――住民が誤解しやすい点
退職金は、条例やこれまでの慣行に基づいて支給されました。
この点において、県の手続きに違法性や瑕疵はありません。
つまり、
「県が勝手に甘い判断をした」「不正に支給した」わけではないのです。
だからといって、
社会的・倫理的にどうなのか?
という問いが消えるわけではありません。この問いは、法制度の外側にある問題です。
■ 住民監査請求・住民訴訟は使えるのか
ここで、多くの住民が感じている疑問に触れておきたいと思います。
「住民監査請求はできないのか」
「住民訴訟で退職金を返還させられないのか」
結論から言えば、今回の事案では、これらの制度を使うことは極めて難しいと考えられます。
住民監査請求や住民訴訟は、
地方自治法に基づき、自治体の違法・不当な財務会計行為を是正するための制度です。
しかし今回の退職金支給は、
- 条例に基づき
- これまでの先例に沿って
- 適法に行われた支出
であり、
「県の財務会計行為が違法・不当である」と評価することは困難です。
ここで大切なのは、
制度は、怒りを晴らすためにあるのではない
権力の暴走を防ぐために設計されている
という点です。
制度が動かないからといって、
住民の問題意識が間違っているわけではありません。
ただ、使える制度と、使えない制度を区別する冷静さは必要です。
■ 怒りの矛先はどこへ向けるべきか
第三者委員会の報告が報じられた前後、
県庁には多くの苦情や怒りの電話が殺到したと聞きます。
しかし、県庁の電話窓口に怒りをぶつけることは、
正しい方向とは言えません。
なぜなら、それは
制度の責任と、個人の責任を混同してしまうからです。
苦情が現場の職員に集中すると、
- 窓口職員が格好の標的になってしまう
- 関係のない人への二次被害が生じる
- 通常業務が滞り、結果的に住民全体が不利益を受ける
という構造が生まれます。
怒りの感情は否定されるべきものではありません。
しかし、その矛先を誤れば、社会全体を疲弊させるだけです。
■ 説明責任・倫理責任をどう可視化するか
では、住民にできることは何もないのでしょうか。
そうではありません。
- 情報公開請求による事実の確認
- 第三者委員会報告書の検証
- 文書による意見提出や公開質問状
- 選挙を通じた意思表示
これらは、法的制裁ではありませんが、
社会的・倫理的責任を問い続けるための、正当な手段です。
電話で怒りをぶつけるのではなく、
記録に残る形で問いを投げ続けること。
それこそが、成熟した住民の姿だと私は思います。
■ 男女関係・力の差と「正義」の問題
私は前の記事で、
「対等な恋愛・関係という言葉の危うさ」や
「権力差・力の非対称」について書きました。
▶ 私の以前の記事
「知事セクハラ報道で感じた違和感 ― 表現と言葉の距離について考える」
今回の事案も、
単なる男女関係や好意・嫌悪の問題として片付けてしまえば、
本質を見失います。
権力差がある場面での言動は、
たとえ本人に自覚がなくても、相手に大きな影響を与えます。
法制度が人間関係の複雑さを完全に扱えない以上、
私たち自身が考え続けるしかありません。
■ 結び:正義とは誰のためにあるのか
正義という言葉は、とても重い言葉です。
退職金を受け取って辞任した前知事は「悪」なのか。
制度に基づいて退職金を支給した県は「誤り」なのか。
住民の怒りの矛先は、どこへ向けるべきなのか。
私は、怒りを鎮めるためにこの記事を書いたのではありません。
住民として、制度を知り、監視し、誤らない方法で問い続けるために整理したかったのです。
この事案は、
私たち一人ひとりが「正義」をどう扱うのかを問われている問題でもあると感じています。
参考リンク
前福井知事セクハラ、県が再発防止誓う 退職金は6162万円支給(毎日新聞)
“セクハラ辞職”も『退職金6000万円』前福井県知事だけじゃない…首長のハラスメントなぜ相次ぐ? 「内部通報は”握りつぶされる”危険」など知事経験者らが語る(TBS)


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