子犬は癒しじゃなかった|60代で迎えた5か月犬に心が壊れかけた話

子犬を迎えて

「子犬時代の、あのわんぱくで可愛い時間を一緒に過ごしたい」

 そう思って、月齢の少ない子犬を迎えました。簡単には決められない選択でした。時間も、体力も、生活リズムも考えたうえでの判断だったつもりです。

 それでも「今しかない時間」を逃したくない、という気持ちが勝っていました。

 ところが現実は、噛む、興奮する、物を奪う。

 そして何より、自分が感情を制御できなくなりました。

 かわいいと思えなくなり、怒鳴り、後悔し、自己嫌悪に陥る。一番壊れかけていたのは、犬ではなく私でした。これは反省文ではありません。これから子犬を迎える人が、同じ落とし穴に落ちないための記録です。

私が勘違いしていた「子犬=育てやすい」という幻想

月齢が低いほど育てやすい。私は、どこかでそう思い込んでいました。

しかし実際は逆でした。子犬期は、体力・感情・時間を最も要求される時期です。過去に飼った先住犬の記憶を、そのまま当てはめたのも誤りでした。人は「うまくいった記憶」を基準に判断しがちです。思い出修正という錯覚です。その思考が、今回の判断ミスにつながったのだと思います。

見た目と性格(特性)は一致しない

 穏やかそうな顔つき。小さくて可愛らしい体格。それだけで「きっと大丈夫」と思っていました。実際は、刺激に反応しやすく、覚醒レベルの高いタイプでした。犬にも明確な個体差や特性があります。これは「しつけ不足」でも「性格が悪い」でもありません。見た目から人間が勝手に期待した結果だったのだと、今は思います。

一番危険だったのは「かわいそう」という感情

日中は長時間の留守番になる。だから、短時間でもケージから出してあげよう。その判断が、結果的に状況を悪化させました。罪悪感でルールを崩す。犬は興奮する。私は制御できず怒鳴る。さらに自己嫌悪に陥る。優しさのつもりが、事故を招く構造に入っていました。

家族の中で、私が一番「あいまい」だった

家には、私以外にも大人がいます。その中で一人、落ち着いてトレーニングを続けている人がいます。犬はその人に一番なつき、指示にもよく反応します。振り返ると、私は最初に家に帰り、最後に家を出て、感情で出したり引っ込めたりしていました。犬から見れば、最も予測不能な存在だったはずです。犬は「優しい人」ではなく、「一貫していて予測できる人」を信頼します。

私は「主役」を降りました

無理に頑張ることもできたと思います。けれど、それは事故の確率を上げるだけだと判断しました。私の中に「思うように動かしたい」というエゴがあったのも事実です。

私は、トレーニングの主役を降りました。関わる範囲を限定し、感情が動いたら距離を取る。それが、いまの私にできる最も責任ある関わり方です。飼い主全員が主導権を握る必要はありません。

それでも、迎えたことを後悔していない理由

この経験で、いくつかのことがはっきりしました。子犬は癒しではない。「かわいそう」は判断基準にならない。自分に向いていない役割を認めることは、逃げではない。そして何より、壊れる前に立ち止まれたことです。

これから子犬を迎える人へ

迎える前に、ぜひ自分に問いかけてください。子犬を迎える前に、「自分は主導権を一貫して握れる人間か」を考えるべきでした。可愛さだけでは乗り切れません。生活リズム、体力、感情の余力。それらを含めて「飼えるかどうか」だと思います。

おわりに

現在、犬の行動学やトレーニングについて、専門家の意見も聴こうと思います。調べると動物病院でもしつけ教室などやっているので、人間も子犬も学べるようにしたいと思っています。

子犬の知育玩具はこちら

(過去の記事)

▶ ワンパク子犬をめぐる年の瀬

▶ 🐾 「噛む・トイレ失敗…でも可愛い!60代女性が綴る子犬育て奮闘記」〜天使の寝顔と、悩ましい現実〜

コメント