夕方、ぽっかりと一時間ほど時間が空きました。寒さを避けるため、ショッピングセンターの奥にある書店へ向かいました。時間つぶしのつもりでしたが、平置きの本に足が止まります。探していない一冊が、こちらを選んでくる。この感覚が、いま書店に行く理由です。
書店に行かなくなっていた理由
正直に言えば、書店に足を運ぶ理由は少なくなっていました。読みたい本があれば図書館で探し、なければ予約する。それで十分だと思っていたからです。限られた時間の中で効率よく本にたどり着くには、その方が合理的でした。書店は、目的があるときだけ行く場所になっていたのです。
その日も、探している本があったわけではありませんでした。ただ時間が空き、寒さを避けるために入っただけです。その「理由のなさ」が、結果的に、これまでとは違う本との出会いにつながりました。
平置きという仕掛けに、思考が止まった
探していない本に出会ってしまう
店内を一周しかけたとき、ふと思い出しました。以前から読んでいたシリーズが完結していたはずだということを。年末には品切れで買えなかった記憶があります。今もないだろうと思いながら目を向けると、ありました。しかも、店に入ってすぐの、いちばん目立つ場所に、三冊そろって平置きされていたのです。
手に取ってから理由を考えている自分
棚を探したわけではありません。背表紙を順に追ったわけでもありません。ただ目に入り、足が止まり、気づけば三冊を順に手に取っていました。なぜ惹かれたのかを考えたのは、そのあとです。この順番の逆転に、私は少し驚きました。
書店は「選ばせている」場所
ナッジという視点で見る書店
あとから振り返ってみると、これは「ナッジ」なのだと思いました。強く勧められたわけではありません。説明もされていません。ただ、選びやすい位置に置かれていただけです。それだけで、人は自然に行動してしまいます。
押しつけられていないのに、動かされる
中高年になると、過度なおすすめや強い言葉には身構えるようになります。一方で、そっと差し出される選択肢には、案外素直に反応します。書店の平置きは、その距離感が絶妙です。選ばされているのに、不快ではありません。
平置きと書棚では、売れ方が違う
書棚は目的買いの場所
書棚に並ぶ本は、探しに行くものです。タイトルや著者が決まっているときに向かう場所であり、合理的な選択が行われます。
平置きは偶然を買う場所
一方で、平置きは偶然の場所です。探していなかった本と出会い、理由はあとからついてきます。生活の中から「偶然」が減っていく中高年にとって、この仕掛けは思っている以上に重要です。
書店員のおすすめは、誰の意思なのか
ディスプレイを決めているのは誰か
平置きにされている本は、誰かが選んでいます。出版社だけではありません。最終的にどこに置くかを決めているのは、その店の人です。
書店員は無言の編集者
書店員は多くを語りませんが、売り場そのものがメッセージになっています。どの本を前に出し、どの本を棚に戻すか。その選択には、店なりの編集方針が表れます。
書店を見れば、街がわかる
誰に売りたいかは棚に出る
子育て世代が多い町、働く人が多い町、高齢化が進む町。書店の棚を見ていると、その輪郭がぼんやりと浮かび上がります。どのジャンルが厚く、どの本が前に出ているかで、誰に売りたいかが伝わってきます。
書店は街の縮図
書店は、町の縮図のような場所です。そこには、統計には表れない空気があります。その空気を読むことも、書店を歩く楽しみの一つです。
書店には、まだ人が来ている
買わなくても立ち寄る人たち
平日の夕方、特別な用事がなさそうな人たちが、書店に立ち寄っています。何も買わずに出ていく人も少なくありません。それでも、書店には人が集まります。
書店が「居場所」になっている理由
書店は、何かを買わなくても許される場所です。立ち読みをし、少し考え、静かに時間を過ごす。その緩さが、居場所としての価値を支えています。
それでも、書店は減っている
なくなってから惜しむ場所にしないために
現実として、身近な書店は減っています。便利さや効率だけを基準にすると、残りにくい場所なのかもしれません。それでも、なくなってから惜しむ場所にはしたくないと思います。
中高年にこそ、書店という選択肢を
選ぶ力が弱ったときの助走路
年齢を重ねると、選択肢を広げること自体が負担になります。書店は、その助走を静かに手伝ってくれます。考えすぎなくても、次の一歩が見える場所です。
今日、何も買わなくてもいい
書店に行く理由は、買うためだけでなくても構いません。暖を取るためでも、時間をつぶすためでもいい。その結果として、何かに出会えたら、それで十分です。
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