ハローワークに4回通って見えてきたこと
求職は、アクセルをふかすこと
私にとって求職は、ギアを入れ、アクセルを踏むような感覚です。
求人を探し、窓口で話をし、条件を確認する。
それは前に進もうとする動きであり、
気持ちとしては、推進に近いものでした。「もがき」と言われればそうかもしれません。
ただし、それで何かが解決したわけではありませんでした。
紹介状をいくつも受け取り、実際に応募もしました。
・・・それでも、気持ちはなぜかスッキリしませんでした。
動いても、晴れなかった理由
理由は単純だったと思います。
面接が、まだ一つも終わっていないからです。
求職のための応募は単なる入口に立っただけで、まだ何も起こらず、まして結果が出ていない状態です。なので、「動いている」という事実だけが積み上がり、
手応えには変わりません。
もやもやは晴れない
前に進んでいる感覚はある。
けれど、着地していない。
その宙に浮いた感じが、続いていました。
いったん、求職から降りた数日後・・・
それでも、いくつか履歴書や願書を書き、書類を整えると、少し疲れてしまったのか、
求職のことを考えない日が数日できました。
何もしない。
探さない。
動かない。
そういう時間を一度通したあと、
本当に何気なく、ハローワークの検索画面を開いたのです。
同業異所、欠員補充という求人
そこで見つけたのが、
自分と同じ職種の、欠員補充による募集でした。
それを見た瞬間、
頭より先に、感覚が反応しました。
やりたい。
そう思いました。
推進の先にあったもの
それまでの求職は、
ギアを入れ、アクセルを踏み続ける行為でした。
この求人を見つけたときの感覚は、
それとは少し違っていました。
押し出される感じではなく、
引き寄せられる感じでもなく、
ただ、自然に前に出る一歩。
同じ仕事を、別の場所でやる。
継続ではなく、志願として。
落ちても、もう失うものはありません。
それでも受けたいと思えた、という事実だけが残りました。
求職は、推進の途中で形を変える
求職は一直線ではありません。
踏み続けるアクセルもあれば、
一度、足を離す時間もある。
その切り替えの中で、
自分が何に反応するのかが、はっきりしてきます。
ハローワークに通って見えてきたのは、
求職とは、数を打って確保していくことを求めるのではなく、自分の推進力の向きを確かめる行為なのだということでした。

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