英語学習の発信を追っていると、ある時点から有料講座の案内が増えてきました。
申し込むかどうかを考える中で、英語そのものより、自分の姿勢が見えてきました。
この記事は、英語学習で立ち止まったときに見えた現実について書いています。
有料講座を前に揺れる心
内容は悪くありませんでした。
説明も分かりやすく、実績もありました。
正直に言うと、買いたい気持ちはありました。
一気にジャンプアップできそうで、今度こそ、と思ってしまったのです。
半額枠が埋まったと言われて、焦った
ぐずぐずしている間に、「半額枠は埋まりました」という連絡が来ました。
少し、焦りました。
一気に手が届きそうだった分、逃した感覚もありました。
それでも、勧誘は続いた
ところが、程なく、また案内が届きました。
条件は違っていましたが、勧誘そのものは続いていました。
その時、ふと我に返りました。
反応していたのは、英語ではなかった
冷静に考えると、反応していたのは英語そのものではありませんでした。
「今決めないと置いていかれる」という感覚でした。
これは売り方の問題ではありません。
私の受け取り方の問題です。
手元に、何ヶ月も開いていない一冊があった
気持ちが落ち着いたあとで、机の横に置いたままの英語の本が目に入りました。
ずっと前に買ったものです。

難しそう。
地味。
時間ができたら。
そう思って、何ヶ月も放置していました。
大事にしていたわけではなかった
この本を、思慮深く扱っていたわけではありません。
むしろ、雑でした。
買っただけで満足し、存在を見ないふりをしていました。
魔法を探している間、動いていなかった
有料講座の説明を読みながら、もっと効率のいい方法を探していました。
でも、その間、この本は一行も読んでいませんでした。
魔法を探している間、
自分が動かなくていい理由を探していたのかもしれません。
一気に伸びたいと思うのは、自然だと思う
地味な積み重ねより、一段上へ行ける方法があれば、誰でも惹かれます。
私も、そうでした。
だから、ジャンプアップしたい気持ちを否定するつもりはありません。
せめて、一行だけ声に出す
全部やろうとするのをやめました。
一日一行。
意味が分からなくても読む。
音読だけで終わってもいい。
それだけに決めました。
地味なことは、続ける前に嫌われる
派手な成果は出ません。
SNS向きでもありません。
だから、後回しにされやすい。
でも、英語は、その地味さの上にしか乗りません。
来月、ニューヨークに行く
来月、ニューヨークに行きます。
流暢に話せるとは思っていません。
それでも、何もしていないまま行くのはやめました。
見えてきた現実は、ジャンプは準備なしでは飛べないということ
一気に上がりたい。
できそうだと思いたい。
その気持ちは、今もあります。
ただ、踏み切る前に、足を置く場所が必要でした。
放置していた一冊を、もう一度開く
何ヶ月も放っておいたこの本を、ようやく開きました。
全部は読みません。
きれいに理解もしません。
それでも、一行だけ声に出します。
それが、今の自分にできることでした。
私が使っているのは、この一冊です
私が今、使っているのは、
「これをやれば話せる」といった即効性を売りにした教材ではありません。
ずっと手元にあった、基本的な英語の本です。
派手さはありません。
ですが、一行だけでも戻ってこられます。
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