日々、家事や仕事、あるいは地域や周囲の目など、様々な緊張感の中でがんばっている私たちですが、時には「組織」という大きな存在を前に、自分の立場が小さく思えてしまう瞬間はありませんか?
一時期、このブログは私の「求職活動」の話題が一色だったことがあります。 大変なことも多かったあの時期を経て、最近ある公職の機会があり、再び履歴書を書く必要に迫られました。今回の「履歴書再び」という体験を通して、かつて私が感じた個人情報の扱われ方への違和感と、そこから一歩踏み出した小さな行動についてお話しさせてください。
採用前なのに?面接直前に手渡された書類への違和感
今から少し前、ある組織の採用面接を受けたときのことです。 事前に提出した履歴書のほかに、面接の直前になって「職員票」に極似した非常に詳細な書類を書くよう求められました。
私は以前、総務や管理的な仕事を長く担当していた時期があります。だからこそ、その書類を見た瞬間にピンときました。これは給与の等級を決めたり、採用後の人事管理に使ったりするための、まさに「身内」になってから書くべき性格の書類だったはずです。
「こんな詳細なプライバシーに関わるもの、本当に採用になってから書けばいいのに……」
まだ選考も始まっていない、落とされるかもしれない段階で、なぜここまで根掘り葉掘り自分の人生のデータを差し出さなければならないのか。立場上、拒否すれば選考に響くかもしれないという無言の圧力の中で、何とも言えないモヤモヤ感を抱えたまま。受かりたい一心でペンを走らせたことを覚えています。
再び訪れた「履歴書」の機会と、足りないパズル
結局、その面接の結果は不採用でした。
多くの組織では、求職時の書類について「事前に、お返しできません」と募集要項に明記しています。責任を持って破棄するという建前なのでしょうが、一生懸命に調べ、丁寧に書き上げた自分の情報が、見知らぬ組織の引き出しの奥でどう扱われるのかと思うと、もやもやした気持ちは消えませんでした。
預けた個人情報の主権(コントロール権)は、本来どこまでも「自分自身」にあるはずです。組織の所有物のように扱われる現状は、もう変えていくべきではないでしょうか。
そんな中、最近になって突然、ある公職のお話をいただき、各段階で再び詳細な履歴書の提出が必要になりました。
就職活動が一段落した際、私は過去の書類ファイルをすべて処分してしまっていたため、過去の正確な入退社日や資格の取得年月日をゼロから思い出す必要に迫られたのです。公職の書類は、1ヶ月のズレも許されない厳格さがあります。
私は履歴書の正確な書き方を質問するため、今回の公職の主管課がある建物へと向かいました。
「返却不可」の壁を越えて、自分の情報を取り戻す
主管課での質問を終えたとき、私はふと思い出しました。春に私に「職員票」を書かせ、そして不採用通知を送ってきたあの面接先が、まさにこの同じ建物内にあったのです。
「あの時、丁寧に調べて書いた私のデータがそこにある。公職の履歴書を正しく書くために、今こそあれが必要だ」
そう確信した私は、思い切ってその窓口へと立ち寄りました。
「春に面接を受け不採用となった者ですが、あの書類は丁寧に調べて書いた大切なものですので、他で使う参考にしたいのです。履歴書と職員票を返していただけませんか」
対応した担当者は、一瞬気まずそうな、怪訝な顔をされました。
「事前にお返しできないと伝えておりますが……」という決まり文句が返ってきましたが、私は一歩も引きませんでした。
「ほかで使うことが出てきました。あの書類は、いろいろきちんと調べて書いたので必要なのです」
自分の情報を自分で管理したいという正当な主張を通した結果、最終的に原本ではなく「コピー」という形で、私の書類をその場で手元に取り戻すことができたのです。コピー代は?と尋ねましたがさすがに代金は請求されませんでした。
過去の自分の行動が、現在の自分を助けてくれた
もしあの時、「返却不可と書いてあるから仕方ない」と諦めて帰っていたらどうだったでしょう。私は過去の記憶を必死に手繰り寄せ、曖昧な年号のまま書類を埋めるしかなかったかもしれません。
しかし、自分の権利を守るために毅然と動き、窓口で粘って回収してきた「職員票のコピー」があったおかげで、私はすべての経歴を完璧にトレースすることができました。過去の自分が「おかしい」という違和感を見過ごさず、必要に迫られて起こした行動が、今まさに現在の自分を強力に助けてくれたのです。必要な書類はすべて正確に書き上げ、無事に提出を終えることができました。
自分の尊厳と情報を、自分の手で守るということ
求職活動中という立場は、どうしても「選ばれる側」として弱気になりがちです。初見のサロンや面接先で、生年月日や名前、詳細な経歴を求められた際、「書くのが当たり前だから」と疑問を持たずに差し出してしまうことがほとんどかもしれません。
しかし、あなたの個人情報は、あなた自身の生きてきた証であり、あなただけの財産です。
組織のルールにただ従うだけでなく、「おかしい」と感じたことには声を上げ、自分の権利を守る。その小さな勇気が、巡り巡って未来の自分を支える盾になることがあります。
周囲の目を気にして自分を小さく見積もる必要はありません。私たちは自分の情報も、自分の生き方も、もっと堂々と自分でコントロールしていいのだと、手元のコピーを見つめながら深く実感しています。

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