だいぶ迷った末に、手にした青
フェルメール展のグッズ売り場で、だいぶ迷った末に購入したのが、ラピスラズリのブレスレットでした。値札を見て一度はあきらめかけたのですが、結局は買うことに決めました。
その理由は単純で、あの絵に描かれた鮮やかな青いターバンこそが、このラピスラズリという石から生まれた色だと知っていたからです。
なぜあの画家は、貴重な青を自由に使えたのか
ラピスラズリは、フェルメールの《真珠の耳飾りの少女》を語るときに必ずと言っていいほど登場する石です。当時、この石を砕いて作る顔料(ウルトラマリン)は、金と同じか、それ以上に高価だったと言われています。
だからこそ昔からよく話題になるのが、「なぜ無名に近かったこの画家が、これほど贅沢な青を自由に使えたのか」という疑問です。
裕福なパトロンがいたのではないか、注文主の意向で特別に用意されたのではないか——さまざまな説が語られてきましたが、はっきりとした答えは今も出ていません。一枚の絵の中の、たった一色のために、これほどの謎と想像が積み重ねられてきたのかと思うと、不思議な気持ちになります。
映画になった、一枚の絵
この絵にまつわる物語は、かつて映画にもなりました。私も昔、劇場まで足を運んで観に行った記憶があります。画家と少女、そして絵の中の青いターバンをめぐる架空の物語は、史実がはっきりしないからこそ生まれた、想像力の産物だったのだと思います。
顔料の謎が解けないままだからこそ、人々はその空白を物語で埋めてきたのかもしれません。
現代の物販で知った、意外な「格付け」
今回、ブレスレットを選んでいるときに物販の方に伺って興味深かったのが、ラピスラズリには「ランク」があるという話でした。大きさだけでなく、色の明るさによって等級が分かれており、明るさを示す表記(A)の数が多いほど価格が上がるのだそうです。
当時は「王侯貴族しか使えない特別な青」として語られていたラピスラズリが、今では店頭で明るさごとに丁寧に格付けされ、誰でも手に取れる値段のものから選べるようになっている。歴史の中で謎に包まれていたものが、現代では数値化され、日常の買い物の対象になっている——その変化そのものが、なんだか面白く感じられました。
一つの石が、絵から手首へ
400年近く前、パトロンの存在すら定かではないまま画家の手に渡ったかもしれない一つの青。それが今、物販の担当者による丁寧な説明とともに、ランク付けされた石として私の手首に収まっています。
自分ではどうすることもできない力や環境というものは、正直あると思います。石を一つ身につけたところで、それが変わるわけではありません。それでも、迷った末にこの青を選んだことは、自分を大切に扱うこと、そしてこれから先の生き方を一度整理してみることの、小さなきっかけになった気がしています。
同じ石が、時代によってこれほど違う文脈で人の手から手へ渡っていく。その流れの片隅に、自分もほんの少し加わったのだと思うと、この青い石が、少し特別なものに見えてきます。
身に着けて気付いたこと
ブレスレットを付け始めて自分の中にほんの小さな変化が出てきたのでご披露します。
それは、「自分を振り返るきっかけになった」ということ。毎日の暮らしの中には、楽しいことももちろんありますが、悔しかったこと、つらいと感じたことなどマイナスの感情がわくこともあります。
そんな時はついつい感情に流されてしまいます。
でも、ふと腕にあるブレスレットを見てみると、不思議と自問自答するのです。
「私、ちゃんと生きてるかな」
ラピスラズリには邪気を払う作用があると聞きます、また、向いている人いない人がある、とも。。。
私は石の力はよくわかりませんが、自分を見つめて生きていこうと思うきっかけをいただけたようです。

コメント