我が家の犬が、犬の幼稚園の体験入園をすることになった。
申し込んだのは同居している子どもで、平日に休みのある私が送迎係を頼まれた。
正直なところ、私はあまり乗り気ではなかった。
理由はいくつかある。
まず、私は平日に休みがある。家で犬と過ごす時間もあるし、散歩にも連れて行く。
それなのに、わざわざお金を払って幼稚園に行く必要があるのだろうか。
子どもは「社会性を身につけさせたい」と言う。
でも毎日散歩をしている私や夫は、犬が少しずつ変わってきているのを感じている。
以前は犬を見れば逃げ出し、人を見ればかたまってしまった。
それが最近は、少し落ち着いて歩ける日も増えた。犬にほえられてもその場を立ち去ろうとはするが、以前のようにパニック状態にはならなくなった。
犬慣れも、人慣れも、ゆっくりではあるが進んでいる。
毎日見ているからわかる、小さな変化だ。
ところが子どもは散歩をしない。
だから見えている景色が違う。
そんな気がしていた。
体験入園は3000円プラス税。
継続するなら入園料もかかり、1回5000円ほどだという。
飛びつき癖を直したいなら、むしろ専門の訓練士に預けた方がよいのではないかとも思った。
もっとも、近くにそういう施設はないのだが・・・。
当日、私がカウンセリングを受けた。
犬の情報を書くのはわかる。
ところが送迎担当でしかない私の生年月日まで記入を求められた。
「何に使うのですか」と聞くと、
「登録しておくだけです」
という返事だった。
最近は個人情報に敏感になっているせいか、少し不信感を抱いた。言葉もおのずからとげとげしくなった。終始、私は感じの悪い中高年だったと思う。
さらに見学した部屋は八畳ほど。
そこに数匹の犬たちがいた。
犬の幼稚園に来るくらいだから、みんな元気いっぱいだ。
私には少し騒がしすぎるように見えた。
そして園での様子を子供経由で送られてきた動画をみた。
うちの犬は他の犬に追いかけられて、逃げ回っていた。
子どもは言う。
「慣れるよ」
たしかにそうかもしれない。
人間だって最初は緊張する。
犬も同じだろう。
けれど私は別のことを考えていた。
人間にも、犬にも、集団が好きなタイプばかりではないのではないか。
そんなことを思ったのには理由がある。
昔、子どもが保育園に通っていた頃のことだ。
私はずっとフルタイムで働いていた。
今のように育児休業制度が当たり前ではなかった時代である。
長時間保育を利用しながら働いていた。
少し迎えが遅くなると、
「お迎えまだですか?」
と保育士さんから連絡が入った。
言い方はやさしい。
責めているわけではない。
それでも働く母親の胸にはずしりと響いた。
その声はいまでも覚えている。
私は保育園にあまり良い思い出がない。
そして子ども自身も、
「職員室でひとり絵本を見ながら待っていた」
と話すことがある。
泥団子遊びも嫌いだったらしい。
みんなが楽しそうに遊んでいる中で、適当に合わせていたという。
だから犬の動画を見たとき、少し気になった。
追いかけられながら走り回る姿は、本当に楽しいのだろうか。
それとも、ただその場をやり過ごしているだけなのだろうか。
もちろん、犬は言葉を話さない。
本当のところはわからない。
そして不思議なことに、幼い頃に長時間保育を経験した当の本人は、
「犬が楽しめるようにしてあげたい」
と言う。
私ほど抵抗感がない。
同じ出来事を経験しても、人によって受け止め方は違うらしい。
だから犬の幼稚園が良いとか悪いとか、そんな結論を出すつもりはない。
ただ、お迎えに行ったときの犬は、心底疲れた顔をしていた。
そして私は、
「お疲れさま」
と思いながら車に乗せた。
もしかしたら犬は楽しかったのかもしれない。
もしかしたら、そうでもなかったのかもしれない。
犬の気持ちはわからない。
けれど、みんなと仲良くすることが必ずしも幸せとは限らないことだけは、人間を見ているとよくわかる。
犬の幼稚園をきっかけに、そんなことを考えた。

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