50代・60代からの心地よい「大人の遠足」|無理をしない距離感とプロの言葉に学ぶ贅沢な時間

気が重かった「バス旅行」が、心地よい時間に変わった理由

「バス旅行、本当は行きたくないな……」職場や団体、町内などの「付き合い」でバス旅行に参加することはありますか?

そんな時、 出発する前日まで、そんな風に心が重くなっている方は少なくないのではないでしょうか。

「隣の席で、ずっと話し続けなければいけないのかな」 「周囲の賑やかさに疲れてしまわないだろうか」

周囲の目を気にしがちで、相手に合わせようと頑張ってしまう優しい人ほど、こうした集まりは防衛本能が働いて身構えてしまうものです。しかし、実際に参加してみると、事前の不安が良い意味で裏切られ、とても穏やかで充実した一日を過ごすことができました。

今回は、私が職場の関係で参加したバス旅行の体験から気づいた、50代・60代だからこそ味わえる「無理をしない大人の遠足の楽しみ方」についてお話しします。

「お互いに頑張らない」という、大人の心地よい距離感

 行く前は「一人掛けの席がいいな」と思ってしまうものですが、今回の旅で最大の安心感を生んだのは、隣り合った同僚との「沈黙を許容し合える関係」でした。

「遠慮なく寝てくださいね」 「無理に話さなくて大丈夫ですから」

そんな風に、お互いに過度な気遣いを手放し、自分のペースで過ごす。若い頃の旅行のように「場を盛り上げなければ」「常に楽しく話していなければ」という義務感から解放されたのは、「お互いにもう大人なんだから」という緩やかな割り切りがあったからこそです。

見ず知らずの人が集まるツアーとは違い、普段の信頼関係がベースにあるからこそ、あえて「何もしない(無理に合わせない)」という極上の気楽さが成立しました。相手を信頼して頑張るのをやめることは、大人の人間関係において最もストレスのない形なのかもしれません。

国内だからこそ、あえて「プロの言葉」に耳を傾ける贅沢

「国内の旅行だし、言葉も通じるから、わざわざガイドさんの案内なんていらないのでは……」

 出発前は、そんな風に思っていたのも事実です。スマートフォンの検索画面を叩けば、観光地の情報などいくらでも手に入る時代だからです。

しかし、プロフェッショナルであるバスガイドさんの言葉は、インターネットの文字情報とは全く異なる「生きた一次情報」に溢れていました。

 今回のガイド氏は、ただの定番のアナウンスにとどまらず、長年その土地を見続けてきたからこそ語れる「街のリアルな変容」や、地域が置かれている観光経済のリアルな現状、後継者不足の課題などを洗いざらい話しておられました。

 さらには、他の参加者の様子を差し支えない程度に視野に入れながら展開される、細やかな現場の空気感。

それらは、その業界の目でしか見られない構造的な視点であり、独りよがりにならないプロの目配りでした。

ただ漫然と passenger(乗客)として座っているだけでなく、背景にある地域の課題を論理的に分析しながら聴く。それは、これまでの人生経験がある50代・60代だからこそ楽しめる、非常に質が高い「知的なインプットの時間」という贅沢でした。

最悪のシナリオは、ほとんど現実化しない

私たちは過去の苦い記憶や疲れから、予定の手前で「最悪のシナリオ」を想像してエネルギーを消耗しがちです。

私はバスに酔いやすいたちなので、「体調を崩したらどうしよう」という不安もありましたが、酔い止めを事前に服用したこともあって体調が崩れることもなく、気候にも恵まれ、行程も無理がありませんでした。

「心配していたことは、何一つ起こらなかった」

この事実そのものが、これからの自分を支える大切な成功体験になります。

「案ずるより生むが易し」という言葉通り、防衛本能で膨らませていた不安と、実際に訪れる現実は全く別物であるというファクトを、身をもって知ることができました。

気が進まないイベントがあっても、「行ってみたら、意外と快適かもしれない」「お互い大人だから、適度な距離でいられるはず」そう思えるだけで、心の荷物は少し軽くなります。

自分のペースを保ちながら、小さな旅を楽しむ

もし、これからの生活の中で「気が乗らないお出かけ」や「お付き合い」が生じたときは、どうか次の2つのことを思い出してみてください。

  1. 「盛り上げよう」と頑張らず、大人の距離感に身を委ねてみる
  2. 身近な国内だからこそ、プロの観察眼に耳を傾け、知的な刺激を回収してみる

周りに過剰に合わせるのをやめ、自分の心地よさを最優先にしながら、現場のリアルな知見に耳を傾ける。そんなスタンスを持っていれば、どんな場所でもあなたにとっての「オアシス」であり、新しい学びの場に変わるはずです。

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