「これって意味あるの?」と考えすぎて疲れてしまう人へ ― 曼荼羅チャートが埋まらなくても自分を好きになる方法

人生をうごかす

小さな仕事の意味を、いちいち問うと苦しくなる

今日、職場に向かう車の中でふと考えた。

昨日までもやもやしていた些細な仕事。それをいちいち「これって意味あるのかな」って考え始めたら、もうきりがないし、なんだか息が詰まってくる・・・。

——そんな感覚、あなたにもありませんか。

小さな仕事のひとつひとつに「これ、必要かな」「なんで私がやるんだろう」って立ち止まっていると、正直しんどいですよね。真面目な人ほど、この罠にはまりやすい気がします。虫眼鏡で見るみたいに近づきすぎていると、細かい違和感まで全部拾ってしまうから。

視点を変える ― 望遠鏡で見てみる

だから思うんです。

もう少し、視点を遠くに置いてみたらいいんじゃないかって。目の前の作業ひとつずつの意味を問うんじゃなくて、「この先、こういう方向に向かっていたいな」っていう大きめの目標を、先に一つ決めておく。そうすれば日々の細々した仕事も、「まあその途中の一歩だよね」って自然に流せるようになる気がするんです。

本当は「いつまで働くの」と自分に問い続けている

——なんて偉そうに書いてみたものの、実は自分自身、まだその「大きめの目標」がちゃんと定まっていなくて、ずっと同じ問いをぐるぐる回しているところがあります。

「私はいつまで、今みたいに常勤で働くんだろう」「本当にやりたいことって、ないのかな」。正直に言うと、これをずっと自分に問い続けています。答えが出ないまま、ただ問いだけが車の中や、ふとした瞬間に浮かんでは消えていく感じ。

老後が長くなった今、区切りをつけられない私たち

考えてみると、これって私だけの話でもないのかもしれません。

老後がどんどん長くなって、地方はもちろん、都会でも働く女性が増えている今、「いつまで働くの」「大人の時間って、想像以上に長い」——そういうストレスを抱えている人、きっと私だけじゃない気がします。

私自身、老後が長くなる前提で「働けるうちは、ずっと働いて、ばたっと倒れたらそれでいい」なんて、投げやりなことを考えてしまう性分です。自分で物事に区切りをつけたり、てばなしたりすることが、昔から苦手なんですよね。

定年制度は、実は理にかなっていた

そういえば、定年制度って、案外理にかなった仕組みだったんだな、と最近思います。

当時は「なんでこんな年齢で区切られなきゃいけないんだ」と理不尽に感じていましたが、外的要因で強制的に幕を引いてもらえるからこそ、諦めがついた面があったんだと思います。今はその区切りがない分、自分で決めなきゃいけないのに、ふんぎりがつかない。もやもやしたまま、だらだらと生きて、働いて……そんな人生で、本当にいいのかな、という問いが、定期的に湧いてきます。

マンダラチャートが埋まらなくても大丈夫

そういえば去年の年末、一年を振り返る「一年内観」というのをやってみたことがあります。過去の一年、何があったか、何を感じたか。あれはあれで、すごく良い時間でした。でも今振り返ると、あのとき私は「過去」ばかり見ていて、「未来」のことはすっかり置き去りにしていたな、と思います。

未来のことを考えるとなると、真っ先に頭に浮かぶのが、大谷翔平選手の9マス目標達成シート、いわゆるマンダラチャートです。真ん中に大きな目標を置いて、そこから逆算して周りの8マスに必要なことを埋めていく、あれです。一度、自分でも作ってみようとしたことがあるんですが……真ん中のマスが、埋まらないんですよね。「強い願望」というものが、そもそも自分の中にない。

もしかしたら、同じように真ん中のマスの前で固まってしまった人、他にもいるんじゃないでしょうか。「大谷選手みたいに、はっきりした夢があればいいのに」「これが埋まらない自分は、何か足りないんじゃないか」って、静かに自己嫌悪に陥っている人。

でも、あれはそもそも「叶えたい大きな夢」がある人向けの道具なんですよね。夢がまだ形になっていない人が使えば、手が止まって当然。埋まらなかったのは、自分がダメだからじゃなくて、道具が合わなかっただけ、というだけの話です。

「欲しいものリスト」「要らないものリスト」から始めてみる

だから今度は、もっと気楽な道具を試してみようと思います。

たとえば、「欲しいものリスト100」。大きな夢を1つ探すんじゃなくて、欲しいものを小さいものも含めて100個、とにかく書き出してみる。私の場合、以前からピラミッドに行きたい、という願望がありました。そういうものも、その中の1行でいい。

逆に、「要らないものリスト」でもいいかもしれません。手放したいこと、もうやらなくていいこと、削っていいものを並べてみる。足すのが苦手なら、引く方から始めてもいい。

どちらも、大それた夢は要りません。「これが欲しい」「これは要らない」、そのくらい素朴な感覚を、ただ並べていくだけ。特別な目標も、はっきりした夢も、なくていいんだと思います。

答えは出なくていい

正直、答えは出ていません。真ん中のマスが埋まらなくても、それは欠けているんじゃなくて、まだ自分に合う道具に出会っていないだけ。答えのないまま、それでも「欲しいもの」「要らないもの」を並べてみることから、少しずつ始めてみようと思います。特別じゃない自分のことも、そのくらい愛おしく思えたら十分なんじゃないか——最近、そんなふうに思っています。

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