「無職になる」と聞いたとき、まず生活の不安を思い浮かべる人は多いでしょう。
多くの情報も、その不安に焦点を当てています。
私自身も最初は、そういう視点から考えていました。
しかし実際に向き合ってみると、収入のこと以上に直面する課題がありました。
それは「自分をどう説明すればいいのか」という問題です。
このブログ記事は、無職になった感想を綴るものではありません。
これまで“ちゃんとやってきた人”ほど、次の一歩で言葉に詰まりやすくなる理由を整理し、読者の視点で読み進められるように構成したものです。
毎日変わる求職欲
4月から無職になります。求職中です。最初は、「週4くらいのパートで十分かな」と思っていました。ところが今、探している求人は、ほとんど常勤と変わらない労働時間のものばかりです。
落差を埋めたい。
空白期間を作りたくない。
そう思うほど、条件をどんどん自分から下げています。
「選び放題」という錯覚の中で動き続けている
今は、官公庁の会計年度任用職員の採用時期です。
ハローワークのブックマークは、
パート、一般事務。
「今なら選び放題」みたいな感覚に、正直なっています。
今週末までの応募に間に合わせるために、今日は延長相談をやっているハロワに滑り込み。でも求人先がもう閉まっていて、確認ができず紹介状はもらえない。だから、明日また行って、紹介状をもらう。このループを、ここ数日ずっと繰り返しています。貴重な有休を削って。
やる気がない時よりは前向きです。職場の居づらさも、一時的に薄れています。
でも、はたと止まる瞬間があります。
「あれ?私、電話オペレーターしたかったっけ?」
怖さで動いている自分に気づいた
正直に言うと、怖いんです。
「あの人、辞めて無職だって」
「だから言わんこっちゃない」
「大人しくしていないから」
「逆らうから」
・・・そんなふうに言われる気がして。
それが嫌で、今までよりキツくて遠くて長くて、だけど安い仕事に自分からスライドしようとしている。
「やればできる私」でいたい
無職になったことを、どこかで挽回したい。
その気持ちだけで、求人を追いかけている感じがします。
一年溶かす感覚がリアルすぎる
「一年溶かす」
それ、本当だと思います。
というか、来年の誕生日まで収入があれば、年金は受給できる。でも、働けるなら、貯金もしておきたい。この欲は、どうにもなりません。無職の生活パターンが、まったく想像できない。怖いんです。
節約も人生設計も、全部棚上げしている
本当は、
・節約
・経済の見直し
・生活リズムの再設計
やるべきことは山ほどあります。
でも今の私は、
・紹介状を出してもらう
・求人サイトを見る
・応募期限に追われる
それだけで頭がいっぱいです。全部、棚上げしています。
「長い休みがあったら、贅沢じゃなくていいから、ゆっくり旅行したい」
そう思っていたはずなのに、「それ、一体何歳で実現するつもり?」と、自分で自分にツッコミを入れています。
わかりやすく生活が崩れ始めている
実際、家にいると、ダイエットして、ダンス発表会までにキレキレになるはずだったのに、
・間食が増える
・冷凍庫がアイスでいっぱいになる
わかりやすく、異常事態です。時間ができたのに、整うどころか、むしろ崩れています。
若くてFIREした人たちを羨ましく思っていた
本当は、ずっと羨ましかったんです。ブログで成功して、若くしてFIREした人たち。
もう、あくせく働かなくていい。お金の心配もしなくていい。その意味で、素直に羨ましかった。でも、今の私のFIREは、そのFIREじゃない。早期リタイアのFIREじゃなくて、本当の意味のファイアー、「退職」の方のFIREです。しかも、今の私は、自由をどう楽しむかじゃなくて、
「不名誉をどう挽回するか」
その方向にしか、思考が動いていない。ここが、いちばんしんどいところです。
私は、もう自分を安売りし始めている
不安だから。
怖いから。
暇になるのが嫌だから。
その不安を打ち消すために、
・キツくて
・遠くて
・長くて
・安い仕事
に、自分から滑り込んでいる。一見すると、まじめで前向きでちゃんとしている人に見えると思います。でも中身は、「自分の人生の時間」を安売りしているだけです。私は今、まさにそれをやりかけています。
怖いけど、一旦立ち止まる勇気という話を、私は昔書いている
実は昔、「やめる勇気」について書いたことがあります。
当時は分かったつもりでいましたが、
今はその言葉を自分に向けて書き直している気がします。
そのときの私は、無理して続けるより、一度やめて、立て直した方がいい。そういう文脈で、「やめる」という選択を肯定していました。
今、あらためて思います。あのとき私が言っていた「やめる勇気」って、本当は、「立ち止まる勇気」のことだったんじゃないかと。
今の私は、その勇気を使えていない。今の私はどうかというと、やめたあと、一秒も立ち止まらずに、次の仕事に滑り込もうとしています。
怖いから。
無職の時間が耐えられないから。
周りに何か言われそうだから。
その怖さをごまかすために、動き続けているだけです。
でも、それって、前に書いた自分の言葉と、完全に矛盾しています。
「すぐ埋める」より、「一旦止まる」の方が難しい
仕事を辞めるのは、正直そこまで難しくありません。
本当に難しいのは、辞めたあとに、何も決めずに、一旦止まることです。
・何者でもない時間
・収入がない時間
・肩書きがない時間
これを、そのまま引き受けるのが、いちばん怖い。
だから私は今、「働いている私」に一秒でも早く戻ろうとしている。
それでも私は、今回は立ち止まる側に賭けたい
まだ、決めきれていません。明日ハロワに行って、紹介状をもらうかもしれない。求人サイトも、また開いてしまうと思います。
でも、前よりはっきりしてきたことがあります。
私は今、「どこでもいいから働きたい」んじゃなくて、「怖さから逃げたい」だけなんだな、ということ。だったら一度、怖いまま、何もしない日を作ってみる。
それも、一つの選択肢なんじゃないかと、思い始めています。
もし、過去の私に声をかけられるなら
もし今の私が、一年前の私に声をかけられるとしたら、たぶん、こう言います。「お願いだから、怖いからって、自分を雑に扱わないで」
「不安だからって、いきなり条件を下げないで」「“今まで通り働ける私”を証明しようとしなくていい」こんな風にならないで、と本気で思っています
これは、他人事じゃありません。
無職が怖くて・将来が不安で・空白が怖くて
その不安を打ち消すために、条件を下げて、我慢を増やして、自分をすり減らしていく。
それ、あとからじわじわ効いてきます。
私は今、その入り口に立っています。だからこそ、
本気で言いたい。
こんな風にならないで、って。
自分を安売りしないでください
あなたが今、仕事を探している立場だったとしても、あなたの時間は、あなたの体は、あなたの集中力は、あなたの人生そのものは、「とりあえず埋めるもの」じゃありません。
怖いから。周りに何か言われそうだから。空白が嫌だから。
その理由だけで、
条件を下げる・距離を伸ばす・時間を増やす我慢を増やす
それをやった瞬間、「私はその程度の扱いでいい」と、自分に宣言してしまう。
それ、あとから効いてきます。
自分を大切にするって、こういうことだと思う
「自分を大切にしましょう」
よく聞く言葉です。
でも、たぶん本当の意味は、もっと地味です。
疲れきる働き方を選ばない
考える時間を削らない
自分の違和感を無視しない
怖さだけで決断しない
こういう、小さな選択の積み重ね。
派手な自己肯定感なんて、いらない。
ただ、
私は、雑に扱われる人生は選ばない
その線だけは、引いておいてほしい。
最後に
無職になるのは、怖いです。
将来が見えないのも、怖いです。
生活が崩れるのも、怖いです。
でも、自分の人生を、自分で安売りしてしまうことの方が、もっと怖い。私は今、その分かれ道に立っています。
あなたももし、同じ場所にいるなら、怖さだけで決めないで、自分を罰する選択をしないで、忙しさで人生を埋めないで、自分を、大切にしてください。それは、甘えじゃなくて、戦略です。
この記事は、過去に書いた「やめる勇気」という文章の続きとして、
今の自分の状態をそのまま記録しています。

コメント