「無職になる」と聞いたとき、まず生活の不安を思い浮かべる人は多いでしょう。
多くの情報も、その不安に焦点を当てています。
私自身も最初は、そういう視点から考えていました。
しかし実際に向き合ってみると、収入のこと以上に直面する課題がありました。
それは「自分をどう説明すればいいのか」という問題です。
このブログ記事は、無職になった感想を綴るものではありません。
これまで“ちゃんとやってきた人”ほど、次の一歩で言葉に詰まりやすくなる理由を整理し、読者の視点で読み進められるように構成したものです。
私の面接への大きな誤解
今回の面接は、4月から無職になると決まった後の話ではありません。
無職が「決定」する前、つまり、私にとってはまだ分岐点にいた時期の出来事でした。
形式上はエントリーして作文を書き、そのまま面接でした。
書類選考という段階をほとんど経ず、いきなり面接。
その時点で、私は面接というものを少し誤解していたのだと思います。
この面接が私に与えたのは「不採用」以上の衝撃でした
面接に落ちたこと自体よりも、後に残った感覚があります。
それは、仕事を失う可能性が、急に現実味を帯びて迫ってきた感覚です。
「まだ大丈夫」が崩れる瞬間がある
無職が確定する前は、どこかで
「何とかなるかもしれない」
という感覚が残っています。
ところが面接でのやり取りは、
その感覚をあっさり崩しました。
結果として、私の中で「無職」が前倒しで確定したように感じられました。
まだ決まっていないはずなのに、気持ちの上では先に決まってしまう。
このズレが、思った以上にしんどかったのです。
いきなり面接は「可能性を見てもらえる場」とは限らない
今回の面接は、呼ばれて面接ではなく、応募して即面接でした。
作文は書いたものの、評価というより形式に近かった印象です。
会話ではなく、切り分けに近い質問が続いた
面接が始まってすぐ、空気が硬いことに気づきました。
質問は、強みを引き出すものというより、リスクを確認するものが多かったです。
- その条件(勤務態度)で本当に続くのか
- 今の立場で何ができるのか
- 過去の経歴に依存していないか
今思えば、ここで行われていたのは「対話」ではなく、短時間での切り分けだったのだと思います。
すでに方向性が決まっているように感じた理由
質問が辛辣に感じたのは、私が弱っていたからではありません。
面接の途中で「採らない」方向が固まっていくと、質問の質が変わる。
そういう場面に、初めて立ったのだと思います。
この面接で消耗したのは「自分の価値」ではなく「前提」でした
私はこれまで、常勤としての積み重ねが信用になり、それが次の仕事につながってきた面があります。
だからこそ、自分の中には「信用が前提にある」感覚が残っていました。
信用が前提にない場所に立つと、人は透明になる
求人票や面接の場では、年齢や条件が先に来ます。
そこには、これまで積み上げてきた「働き方の癖」や「信頼の作り方」は最初から書かれていません。
その場所に立ったとき、
自分が透明になるような感覚がありました。
そしてそれは、経歴が否定されたというより、
前提が通用しない場所に立ってしまったという感覚でした。
無職が確定する前段では、心の削れ方が違う
無職になってからの就活なら、
「探せば何かある」という前提に立てるかもしれません。
でも無職が確定する前段では、
まだ足場が揺れている状態で、結果だけが先に突きつけられます。
「次を探す」より先に「自尊心」が削られる
この面接で感じたのは、
就職の難しさではなく、気持ちが先に折れそうになる感覚でした。
不採用の痛みよりも、
「これから私はどうなるのか」という不確実性が膨らむ痛みのほうが大きかったと思います。
この経験から、私が決めたこと
この面接は、経歴としては何も残しません。
ただ、判断材料として残ったものがあります。
「いきなり面接」は、心を削る条件がそろいやすい
すべてが悪いとは言いません。
ただ、分岐点の時期にこのルートへ行くと、必要以上に消耗しやすい。
次からは、応募前に次の点を意識しようと思います。
対話が成立しそうな募集か
育てる前提があるのか、即戦力だけを求めているのか
自分の積み上げを説明できる余地があるか
分岐点の面接は「結果」より「自分の扱い方」が大事になる
無職が確定する前段では、
結果が出るまでの時間が、心理的には長く感じられます。
その時期に必要なのは、
正解の応募先を当てることより、
自分を過小評価する材料を不用意に集めないことでした。


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