AIを多用している事実
メール、インスタのキャプション、企画書、職務経歴書・・・。
気がつけば、私は多くの文章をAIに見せるようになっていました。
自分で書いてから、整えてもらう。
おかしなところがないか確認してもらう。
便利で、助かっているのは事実です。
けれど同時に、胸の奥に小さな不安が残ります。
「私は、ちゃんと判断できているのだろうか」
中高年がAIに不安を覚える理由
若い頃は、考える場面が仕事の中に組み込まれていました。
会議があり、上司がいて、締切がありました。
ところが年齢を重ねると、
判断は静かに、個人の内側に戻ってきます。
正解を教えてくれる人がいない。
失敗しても、言い訳ができない。
そんな状態でAIに出会えば、
頼りたくなるのは自然な流れです。
「無職になると自己紹介が難しくなる」系の記事はこちらです。
▶ 信用型キャリアの人が、自己紹介を作り直すときに最初にぶつかる壁
AIに頼ることと、考えなくなることは同じではない
私自身をよく観察してみました。
私は、何も考えずにAIに投げているわけではありません。
迷いながら書き、
不安を抱えたまま確認し、
最終的には自分で決めています。
AIが代わりにしているのは、
思考そのものではなく、点検作業です。
判断がなくなる人の特徴
判断がなくなる人には、共通点があります。
迷わなくなります。
違和感を覚えなくなります。
決めた理由を説明できなくなります。
私は、どれにも当てはまりません。
迷い、怖がり、言葉にしています。
不安があるということは、
判断がまだ自分の側にある証拠です。
私が引いた、ささやかな線引き
不安を放置しないために、私は線を引きました。
最初の文章は必ず自分で書く
下手でも、整っていなくても構いません。
考えた痕跡を残します。
意見ではなく、点検だけを頼む
「どう思う?」とは聞きません。
「おかしいところはあるか」だけを確認します。
最終判断は引き取る
修正案を採用しないこともあります。
理由は説明できなくても構いません。
人生相談のように使ってしまうことへの怖さ
正直に言えば、
私はAIに人生の整理まで手伝ってもらっています。
それが怖くなる日もあります。
けれど、決めてもらってはいません。
整理し、見通しを立て、
選ぶのは自分です。
この一線を越えない限り、
判断力は失われません。
同じ不安を抱える中高年の方へ
もしあなたが、
「便利だけれど怖い」
「助かるけれど頼りすぎではないか」
そう感じているなら、それは健全です。
問題は、使うか使わないかではありません。
主導権をどこに置いているかです。
迷いながらでも、
怖がりながらでも、
決断を引き取っている限り、
思考は痩せません。
迷っている自分を、切り捨てない
中高年になると、
迷っている姿は見せてはいけない気がします。
けれど、迷いは弱さではありません。
変わろうとしている証拠です。
私は、AIに頼りながらも迷っています。
そして、その迷いを引き受け続けるつもりです。
それが、これからを生きるための、
私なりの現実的な選択です。

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