「どうでもいい」という守り方。アドラー流、自分を愛おしむコツ

暮らし・学び

何もかもうまくいかない春うらら

春の気配に心がざわつく今日このごろ。 就職活動の不採用が続き、本命の面接を前にして「なんだか、どうでもよくなってきた」と感じている自分がいました。

ラベル印刷に3時間もかかり、掃除機を売ったお金でドーナツを3つ食べる。

こんな私のように、中高年は、かつて積み上げてきたものがあるからこそ、今の地味な躓きに戸惑うこともあるかもしれません。

アドラー心理学の視点で自分の心を解剖してみると、そこには驚くほど理にかなった「仕組み」がありました。

「本命かどうかわからなくなる」という防衛本能

たとえば、私の場合、3月初旬の本命面接。

あんなに熱望していたはずなのに、今は「本当に本命かな?」と疑っている。

これこそがアドラーの言う**「目的論」であり、心理学でいう「セルフ・ハンディキャッピング」**です。

本気で準備して落ちたら、立ち直れないほど傷つく」 そう予見した脳が、あえて「本気じゃない」「どうでもいい」という理由を作り出すことで、失敗した時の言い訳を用意し、自分自身のプライドを守ろうとしているのです。

3月下旬の発表会の「ダンスの振り」が頭に入らないのも、脳がキャパオーバーを起こして「今はこれ以上頑張らなくていい」とシャッターを下ろしている状態。 そう、私たちは怠けているのではなく、必死に自分を守っていたのです。

10年選手のプリンターと「課題の分離」

10年使い倒したプリンターは、固定電話と連携していたので処分したかったのですが、結局どこにも売れず、粗大ごみとしてお別れすることになりました。 「価値がつかなかった」ことに少し凹みましたが、これもアドラーの**「課題の分離」**で考えればスッキリします。

「プリンターにいくらの価値をつけるか」は市場(他者)の課題。 「10年間使い切った」事実は、私の課題。

不採用はあなたの問題ではない

不採用通知も同じです。「私を雇用するか」は相手の課題であり、私の価値そのものが否定されたわけではありません。掃除機は売れて、プリンターは売れなかった。ただそれだけのことなのです。

不完全である勇気、そして「いとおしさ」へ

明日は、今の職場へ出勤します。 扁平足のインソールも受け取りに行きます。

かつての私は、バリバリ働く「完璧な自分」を求めていました。 でも今、アドラーが教えてくれるのは、**「不完全である勇気」**を持つことです。

先延ばしのラベル印刷に手間取り、ドーナツを頬張り、面接を前に逃げ出したくなる。 そんな「とんちんかん」な自分を、「中高年って、いとおしいじゃない」と丸ごと受け入れてみる。

掃除機がドーナツに化けても、10年プリンターとお別れしても、新しいインソールで一歩ずつ、自分の足で歩いていく。 仕組みがわかれば、もう焦る必要はありません。

あなたも、「今、ここ」の自分を精一杯、愛おしんでい

自分の足元を整えることは、心の土台を整えること。扁平足の疲れを軽減してくれるインソールのように、日常の小さな『不快』を取り除くアイテムは、中高年のサバイバルに欠かせません。 Amazonで『高機能インソールを探す

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