ドラマ『サバ缶、宇宙へいく』に救われて。小さな世界で生きる私たちが、次の世代へ「託す」という素敵な生き方

華やかな快挙の裏にある、地元の「静かな温度差」

福井県若狭町という、地元の高校生たちが、14年という長い歳月をかけ、伝統ある学校の加工品「サバ缶」を宇宙食にまで押し上げたという世界的な快挙。メディアが「世界初の快挙!」と華々しく取り上げる姿を見て、胸を熱くした方も多いと思います。

しかし、同じ地域に暮らす一住民として当時の周囲を見渡したとき、私はある「静かな違和感」を覚えていました。

正直に申し上げれば、そのニュースが流れたときも、私たちの日常がその話題で大いに沸き立ったかというと、決してそんなことはありませんでした。素晴らしい成果を誇らしく思いつつも、翌日の暮らしの中で主役になるわけでもなく、どこか「一歩引いた視線」が漂っていたのが現実です。

周囲の目を気にする同調圧力が強い地域だからこそ、身近な若者が大きな夢を追う姿に対して、大人が心のどこかで「身の丈に合わないことをして」と、少し冷ややかな視線を向けてしまう土壌もあったのかもしれません。メディアが一括りにする華やかな熱狂と、足元のリアルな空気感の間には、確かな温度差が存在していました。

ドラマ『サバ缶、宇宙へいく』と、北村匠海

そんな冷めた空気感にどこかモヤモヤとした思いを抱えていた私ですが、この若者たちの歩みを忠実に描いたドラマ『サバ缶、宇宙へいく』を観て、久しぶりに激しく心を揺さぶられ、ぽろぽろと涙を流しました。

淡々とした展開の作品で、世間の視聴率や評価といった数字はそれほど伸びていないようですが、登場人物たちの心の機微の表現が、とにかく絶妙なのです。

ドラマの本質とははずれますが、わたしが何より新鮮な驚きを受けたのは、初主演を淡々とした演技で務めた北村匠海氏の圧倒的な佇まいでした。

どこか童顔の可愛らしさを残しながらも、全身が映ったときのスタイルの良さに「おやっ」と目を見張りました。さらに、神木隆之介氏とのダブル主演と銘打たれながらも、いつの間にか神木氏の主演表記が外れ、北村氏の圧倒的な存在感が作品の主軸をかっさらっていくような、静かな凄みを感じたのです。

私の中で彼の明確な代表作がすぐには思い浮かばない状態だったからこそ、そのニッチな驚きと、じわじわと胸に迫る研究の系譜(クロニクル)に、大人の知的好奇心が刺激されて仕方がありませんでした。

小さな世界で生きる現実と、「作られた自主性」への違和感

しかし、私がこのドラマにこれほどまでに感動し、涙が止まらなかったのは、単に美しい成功譚だったからではありません。そこには、私たちが生きる地方のシビアな現実と、それを包み込むような「救い」が描かれていたからです。

ドラマを観進めるうちに、私は「美談」の裏側にある、地方の社会が抱える構造的な課題に目を向けざるを得なくなりました。

劇中で描かれる「宇宙食への挑戦」は、一見、生徒たちの素晴らしい自主性によるものに見えます。

しかし、その内実を覗き見れば、「探究」という綺麗な名目の下で、実は大人の教師側が強烈に引っ張りすぎているのではないか、大人の事情や学校の思惑に若者たちが踊らされているのではないか、という警鐘も見え隠れするのです。初期の主人公は確かにその傾向がありました。そこから、教師自身もだんだん成長し、自分が何かやるのではなく、「見守る」すべを身に着けていくのです。

さらに胸を締め付けられたのは、「地元で学び、地元で働く」という、小さな世界で完結することがほとんどである地方の現実です。

外の世界へ飛び出す選択肢を持てない、あるいは最初から選ばない若者たち。

私はこれまで、その閉ざされたとも言える小さな循環に対して、どこか閉塞感や諦めに似たシビアな視線を向けてしまっていました。「小さな世界で生きざるを得ない現実」に、どうしようもない寂しさを覚えていたのです。

「託すことは、相手を信じること」――バトンタッチの一員という素敵な生き方

しかし、ドラマは私に、全く異なる新しい視点を与えてくれました。

それは、「マーメイドプロジェクト」と称した、海のクリーン作戦でも少し触れてはいますが、私の心を最も激しく揺さぶったのは、北村匠海氏演じる教員がみせた、ある静かな本音のシーンでした。

まだ40代になるかならないかの段階で、彼はかつて自分の生徒であり、現在は同僚の教員となった仲間を目の前にして、ぽつりと言います。

「いつまでも現場にいたいけど、もうそろそろ次の世代にバトンタッチした方がいいのかな」

この言葉に、私はハッとさせられました。

地方という閉じられた世界の中で、若者を引っ張り、時に抱え込みすぎていたかもしれない大人が、自らの引き際を模索し、「託すことは、相手を信じること」なのだと気づいていく。その先生自身もまた、長い年月の中で若者たちと共に悩み、傷つきながら、自らの「人を信じる力」を育ててきたのです。

それは生徒と教員の間でも、教員と教員の間でもまったく同じでした。

その姿を観たとき、私の中でコペルニクス的転回が起きました。

小さな世界で生きざるを得ないと思っていたけれど、そうではない。この小さな循環の中で、上の世代から受け取った大切なものを、次の世代へと信じて繋いでいく。誰もが歴史の「バトンタッチの一員」になれるのだとしたら、それはなんて素敵で、誇らしい生き方なのだろうと、心の底から救われるようなメッセージを感じたのです。

地面に根を張り、自分のバトンを繋いでいく

現在の私たちの街は、新幹線の延伸や駅周辺の再開発といった、分かりやすい「中心地の盛り上がり」に誰もが目を奪われ、一喜一憂しています。

しかし、どこか他の都市を模倣したような、金太郎飴的な駅前の開発は、便利ではあっても、どこか「宙に浮いている感覚」を拭えません。本当に面白いもの、そして私たちが年齢を重ねていく上で拠り所となる持続可能な価値(精神的な避難所)は、そうした喧騒から離れた、一見「光の当たらない場所」にこそ眠っています。

最初は大人に引っ張られて始まったかもしれない缶詰づくり。しかし、小さな世界の中で泥臭く、時に理不尽な大人の事情に揉まれながらも、4代、5代と脈々と研究を受け継いできた若者たちと、それを信じて未来を託していった大人の姿。これこそが、流行に左右されない「地面に根を張る強さ」です。

周囲の派手な熱狂や、誰かが決めた評価(視聴率や駅前の賑わい)に右往左往する必要はありません。

私たちが本当に大切にすべきは、誰も見ていない場所で静かに積み重ねられてきた「足元の歴史」であり、その中で自分にできるバトンを誰かに託していく、丁寧な生き方そのものです。周囲の目を気にせず、自分の言葉で我が街の深部を語りながら、次の世代を信じて微笑み合えるような暮らしを、これからも大切にしていきたいと思います。

コメント