私が怖いのは老いではなく、「終わりのない延長戦」だった

最近、ひとつ気づいたことがある。

私はずっと「老い」が怖いのだと思っていた。年金が近づく年齢になり、同年代の知人たちからは病気や介護、退職後の暮らしの話を聞くようになった。自分も、あと何年働くのだろう。NPOはいつまで続けるのだろう。株はどうするのだろう。そんなことを考える機会が増えた。

だから、自分は老後が不安なのだと思っていた。でも、どうも違うようだ。

定年は不自由だった。でも楽でもあった

フルタイム時代には定年があった。もちろん不自由な制度だ。まだ働けるのに辞めなければならない人もいる。それでも、今になって思う。定年には一つの良さがあった。そこまで頑張ればいい。そこまで勤めれば一区切り。嫌でもゴールが来る。つまり、終わりが決まっていた。

ところが今は違う。会計年度任用職員には定年がない。NPOにも定年はない。ブログにも定年はない。株にも定年はない。やろうと思えばいつまでも続けられる。だから逆に苦しい。

私は損切りが苦手だ

株でもそうだが、私は昔から損切りが苦手だ。人生でも同じかもしれない。クレジットカードは増える。サブスクも増える。習い事も増える。役職も増える。NPOも、防災も、仕事も、ブログも、みんな続いている。「辞めたい」と言いながら、結局続けている。家族から見れば呆れるだろうし、自分でもそう思う。でも、どこで降りればいいのかわからないのだ。

失職して初めて見えたもの

前の職場を更新希望した時も、本当は迷っていた。いつまで続けるのか。辞めるべきなのか。

答えが出ないまま、人生のほうが先に結論を出してきた。失職である。あの時は本当に苦しかった。生きているのがつらいと思った。けれど今振り返ると、強制的に区切りをつけられた出来事でもあった。もちろん望んだ形ではない。

しかし、自分で決められなかった終わりを、人生が決めてしまったとも言える。

「72歳まで」と決めたら少し楽になった

少し前、私は目標を72歳に置いてみた。母が亡くなった年齢でもある。

別にその年齢で死ぬつもりはない。ただ、「とりあえず次の干支まで」と考えてみた。すると不思議なことに少し気持ちが楽になった。人生が短くなったからではない。

無限ではなくなったからだ。

百年時代が苦しい

最近は「人生百年時代」と言われる。健康寿命を伸ばそう。生涯現役でいよう。立派な考えだと思う。でも私は、その言葉に少し息苦しさも感じる。

百歳まで何を頑張るのだろう。百歳まで何を目標にするのだろう。百歳まで肩書きを追いかけるのだろうか。私には、「いつまでも続く」という状態があまり向いていないらしい。

ゴールがあるから走れる

マラソンだってゴールがあるから走れる。人生も同じなのかもしれない。私は老いが怖いのではない。終わりのない延長戦が苦しいのだ。

だから最近は、一生を考えるのをやめた。「あと何年生きるか」ではなく、「次の干支まで何をするか」。そのくらいの長さで考える。すると少しだけ肩の力が抜ける。

素敵な老女になりたい

本当は肩書きのある人になりたいわけではない。

小さな会の長になった時、正直うれしかった。ずっとサブの立場だったからだ。

でも、究極的には違う。たまに電車で見かける。

何の肩書きも知らないのに、なぜか素敵だと思う年配の女性がいる。あんな人になれたらいい。役職でもなく、肩書きでもなく、その人自身が魅力になっている人。私が本当に目指しているのは、たぶんそちらなのだと思う。

だから今日も、一生ではなく次の干支まで。そのくらいの距離を見ながら歩いていこうと思う。

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