情報を求める人と、コミュニケーションを求める人の食い違いの話

先日、職場でかなり厳しい叱責を受けた。

「一生懸命やるって面接で言ったんじゃないのか」

「半年もたっているのにやる気が見えない」

「一度も自分から聞きに来なかった」

そんな言葉を上司と同僚から続けて言われた。

その日の夜、私は夫にたくさん愚痴をこぼした。

正直に言うと、「ひどい上司だった」という話を書きたいわけではない。二人が一人をやり込めた(と感じた)という形についてもひとまず置いておこう。

むしろ驚いたのは、私と相手が見ていた世界があまりにも違っていたことだった。

私は疎外感を感じていた

私の仕事では、行事や企画の打ち合わせを上司と先任同僚が行うことが多かった。

私はそこにいない。

後になって、

「これはこうしてください」

「次はこれをお願いします」

という断片的な指示を同僚から受ける。

出勤するとメモがいくつも貼られている。

やるべきことは書いてある。

しかし、なぜそれをやるのか、その仕事が全体のどこに位置するのかは見えない。

私にはずっと、

「おこぼれのような仕事だけ渡されている」

感覚があった。

全体像が分からない。

意思決定の場にもいない。

だから疎外感を持っていた。

相手は真逆のことを考えていた

ところが相手の認識は全く違った。

彼らは、

「聞きに来ない」

「積極性がない」

「やる気が見えない」

と言った。

さらには、同僚から

「寂しかった」

という言葉まで出てきた。

私は本当に驚いた。

なぜなら私は、

「仲間に入れてもらえていない」

と思っていたからだ。

しかし相手は、

「仲間の輪に入ってこない」

と思っていた。

私は疎外感を抱えていた。

相手は距離を感じていた。

同じ職場にいながら、全く違う物語を生きていたのである。

私は情報を求めていた

あとでよく考えてみると、私はずっと情報を求めていた。

マニュアル。

業務の流れ。

全体像。

仕事の目的。

私はどちらかというと、まず構造を理解したい人間だ。

目から情報を入れたい。

文章で確認したい。

後で見返したい。

だから、

「分からないことがあったら聞いて」

という文化が苦手だった。

何が分からないかが分かるためにも、まず全体像が必要だからだ。

相手はコミュニケーションを求めていた

一方で相手は違ったのだと思う。

彼らにとっては、

「聞きに来る」

「相談する」

「雑談する」

「話しかける」

という行為そのものに意味があった。

彼らが求めていたのは情報交換だけではない。

コミュニケーションだったのである。

私は、

「必要な情報をください」

と思っていた。

相手は、

「もっと話しかけてください」

と思っていた。

ここが決定的な違いだった。

情報とコミュニケーションは違う

私は今回、この二つは全く別物なのだと痛感した。

情報は内容である。

何をするのか。

なぜするのか。

どうするのか。

それが情報だ。

しかしコミュニケーションは関係性である。

話しかける。

相談する。

確認する。

一緒に考える。

それがコミュニケーションだ。

ところが職場では、この二つがしばしば同じものとして扱われる。

「聞きに来ない」という言葉も、情報の不足を指しているのか、コミュニケーションの不足を指しているのかで意味が全く変わる。

私は前者だと思っていた。相手は後者だった。

だから話が噛み合わなかった。

コミュ障なのかもしれない

私は昔から、自分はコミュニケーションが得意な人間ではないと思っている。

いわゆるコミュ障的なところもある。

ただ今回感じたのは、それだけではないということだ。

私は情報を重視する。

相手は関係性を重視する。

その価値観の違いがあった。

もちろん私にも改善できるところはある。

もっと全体像を教えてほしい、と伝えることもできたかもしれない。

もっと質問できたかもしれない。

しかし同時に、

「聞きに来ない」

の一言で片付けられないズレもあったように思う。

ベトナム人と日本人くらい違った

少し大げさに聞こえるかもしれない。

でも私には本当にそのように感じられた。

価値観が違うというより、文化が違う。

私は情報を求めていた。

相手はコミュニケーションを求めていた。私は疎外感を感じていた。相手は距離を感じていた。

私が「仲間に入れてもらえない」と思っていた頃、相手は「どうして入ってこないんだろう」と思っていた。

それを知ったとき、私は初めて、自分が見ていた景色と相手が見ていた景色がまるで違っていたことに気付いた。

そして今思う。

職場の問題というのは、能力不足ややる気不足だけで起きるのではない。

時には、「情報を求める人」と「コミュニケーションを求める人」のすれ違いによって生まれることもあるのだと。

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