タロットカードに聞いてみた。「私は人生の課題を先送りしていないか?」

コンビニで「ちいかわタロット」という本を見つけて、思わず買ってしまった。

ふだん私はコンビニに言っても書棚をほとんど覗かない。何かのめぐりあわせのように感じた。

タロットが流行ったのは、私が若いころ。そのころのカードは、今も本棚に眠っている。

なぜ今さら、タロットなのだろう。そう思いながら、久しぶりに一枚引いてみた。

最初のカードは「Laziness(怠惰)」

使ったのはOSHO禅タロット。

引いたのは「Laziness」。なんとも耳の痛いカードだ。

でも、サングラスをかけたおじさんの絵を見て最初に浮かんだのは「怠けている」ではなく、

「私は、のびのびしていないな」

だった。怠けているというより、何かに縛られている。

思い当たることはすぐにあった。先週、職場で叱責されたのだ。理不尽に感じて腹も立ったけれど、辞めたいわけではない。むしろ「ここから挽回しなければ」と思っている。

もうすぐ自己評価の提出があり、その後に面接がある。どう書けば、どう話せば「ちゃんとやっている」と思ってもらえるか。気づけば、また人の目ばかり気にしていた。

解説書にあった言葉は「自分をだましている」。ちょっとドキッとした。

「今ここにいなさい」ということかもしれない

先週の叱責、自己評価、面接、その先の評価。私は先のことばかり考えて、自分を追い立てていた。

でも、今日やることは複雑ではない。目の前の仕事をして、必要なことは聞いて、伝える。それでいい。

「Laziness」は、**「先のことで自分を追い立てなくていいよ」**と言っていたのかもしれない。

翌夜、また一枚引いたら「The Rebel(反逆者)」

次のよる、また一枚引いた。出たのは「The Rebel」。

火を持ち、鎖を切り、蛇まで手なずけている。力強い絵だった。

「これくらいのパワーがほしい」
「自分はこれだ」

そう思った。職場に反抗したいわけでも、誰かに勝ちたいわけでもない。足りないのは、自分の人生を自分で動かしている感覚だった。

気づいたら、いろいろなことを先送りしていた

この日は一か月ぶりにパーソナルジムへ行き、聞かれるままに、過食、ストレス、職場のこと、夫婦喧嘩、現実への失望まで話した。

話しているうちに、ふと気づいた。

  • いつまで常勤で働くのか
  • 株は塩漬けのままでいいのか
  • ブログを収益にどうつなげるのか
  • 本当にやりたいことは何なのか

どれも「そのうち」で止まっている。

私は何もしていないわけではない。仕事も、ブログも、防災活動も、ジムもある。忙しく動くことで、決めるべきことを後回しにしていたのかもしれない。

「自分をだましている」の意味が、ここで少し違って見えた。怠けているのではなく、人生の大きな問いだけを先送りしているということだ。

欲しいのは、反逆する力ではなく、自分で決める力

The Rebelを見て思ったのは「反抗したい」ではなく「パワーがほしい」だった。

誰かの評価を覆す力ではない。「私はどうしたいのか」を自分に問い直し、自分で決める力だ。

タロットは未来を当てたのではない

タロットが未来を予言したとは思っていない。カードが答えをくれたわけでもない。

カードを見ながら、自分の中にすでにあったものが言葉になった。それだけのことで、それが大きかった。

だから、まずは先送りしている課題を書き出してみようと思う。

  • いつまで常勤で働くのか
  • 株をどう運用するのか
  • ブログをどう育てるのか
  • どんな場所で暮らし、どんな旅がしたいのか

急いで結論を出す必要はない。でも、永遠に先送りしていいわけでもない。

「これについては、いつまでに一度考える」

まずは、それだけ決めてみる。

先日、コンビニで「ちいかわタロット」という本を見つけた。

思わず買ってしまった。

タロットが流行したのは、私が若かったころ。
そのころ買ったカードは、今でもいくつか持っている。

そういえば、OSHO禅タロットも持っていた。

何十年も本棚に眠っていたカードだ。

なぜ今さら、タロットなのだろう。

そう思いながら、久しぶりにカードを手に取ってみた。

そして、何となく一枚引いてみた。

最初に出たカードは「Laziness」

最初に出たのは、OSHO禅タロットの「Laziness」。

日本語にすると「怠惰」。

なんとも耳の痛いカードである。

でも、カードの絵を見た私が最初に感じたのは、

「怠けている人」ということではなかった。

サングラスをかけたおじさんがいて、なんだか楽そうだ。

そして、ふと思った。

「私は、のびのびしていないな」

この一言が出てきた。

私は、怠けているというより、何かに縛られている。

そう感じた。

何に縛られているのか

考えてみると、すぐに思い当たることがあった。

先週、職場で叱責されたばかりなのだ。最初は、かなり理不尽だと思った。腹も立った。

でも、辞めたいわけではない。

むしろ、「ここから挽回しなければ」と思っている。

もうすぐ提出しなければならない自己評価の表。

その後にある面接。

どう書けばいいのか。

どう話せばいいのか。

どうすれば「ちゃんとやっている」と思ってもらえるのか。

気がつけば、私はまた人の目を気にしている。

「評価を取り戻さなければ」という思いに引っ張られている。

そこで、解説書を読んでみた。

Lazinessについて書かれていた言葉が、

「自分をだましている」

だった。

ちょっとドキッとした。

私は、自分をだましているのだろうか。

「今ここにいなさい」ということなのかもしれない

カードを引いたときの私は、現在よりも、その先のことばかり考えていた。

先週の叱責。

これから提出する来年度に向けた自己評価(再任意向)。

その後の面接。

その先の職場での評価。

「どうすれば挽回できるか」

そんなことばかり考えている。

でも、よく考えれば、今日やることはそんなに複雑ではない。

目の前の仕事をする。必要なことは聞く。必要なことを伝える。頼まれたことをする。

できることをする。それでいい。

もしかすると「Laziness」は、私に、「先のことばかり考えて、自分を追い立てなくてもいい」

と言っているのかもしれない。「今ここ」に戻ってこい、ということなのかもしれない。

つぎの夜、もう一枚引いてみた

つぎの夜、また一枚引いてみた。出たカードは、The Rebel――「反逆者」だった。

今度は、絵を見た瞬間の印象がまるで違った。

力強い。

火を持っている。

鎖を切っている。

蛇も手なずけているように見える。

私は思った。

「これくらいのパワーがほしい」

そして、「自分はこうありたい」と思った。

不思議な感覚だった。

私は職場に反抗したいわけではない。

誰かに勝ちたいわけでもない。

でも、今の自分には、何かが足りない。

自分の人生を、自分で動かしているという感覚が薄い。

そういえば、私はいろいろなことを先送りしている

そのことに気づいたのは、その日の出来事も関係している。

久しぶりにパーソナルジムへ行った。

一か月ぶりくらいだった。

そこで、聞かれるまま、いろいろなことを話した。

過食。

ストレス。

職場での出来事。

家庭での喧嘩。

現実への失望。

そして、以前から気になっていた「きのう何食べた?」のドラマにでてくる二人へのあこがれ。

話しているうちに、自分でも思っていなかったことまで口から出てきた。

その中で、ふと気づいた。

私は、いろいろな問題を先送りしている。

私は、自分の人生を生きているのだろうか。

本当にやりたいことを、やれているのだろうか。

いつまで常勤で働くつもりなのだろう。

株は、このまま塩漬けにしておいていいのだろうか。

やりたいことはいろいろある。旅もしたい。文章も書きたい。新しいこともやってみたい。

でも、今の生活を続けながら考えていると、いつの間にか「そのうち」になってしまう。

「忙しい」は、先送りの理由にもなる

私は、何もしていないわけではない。

仕事もしている。

ブログも書いている。

防災活動もしている。

旅行のことも考えている。

株も見ている。

ジムにも行く。

それなりに忙しい。

だからこそ、問題は見えにくい。

忙しく動いていることで、本当に決めなければならないことを後回しにしているのではないか。

それも、一種の「先送り」なのかもしれない。

Lazinessの「自分をだましている」という言葉が、ここで少し違った意味に見えてきた。

「怠けている」のではない。

むしろ、いろいろなことをしている。

でも、

人生の大きな問いに答えることだけを、先送りしている。

そんな可能性がある。

反逆者になりたいのではなく、自分の人生を取り戻したい

だから、The Rebelを見たときに、

「反抗しなければ」

とは思わなかった。

思ったのは、

「これくらいのパワーがほしい」

だった。

誰かに反抗する力ではない。

誰かの評価を覆す力でもない。

自分の人生について、自分で決める力。

「私はどうしたいのか」を、自分に問い直す力。

もしかすると、私が欲しいのはそちらなのだと思う。

タロットは未来を当てたのではない

ここまで書いておいて、私はタロットが未来を予言したとは思っていない。

カードを引いたら、人生の答えが出てきたわけでもない。

むしろ逆だ。

カードを見たことで、自分の中にすでにあったものが、言葉になった。

「私はのびのびしていない」

「人の目を気にしている」

「自分の人生を生きているのだろうか」

「私はいろいろなことを先送りしているのではないか」

カードが答えをくれたのではなく、私がカードを見ながら、自分自身に問い返していたのだと思う。

それなら、何十年も本棚に眠っていたタロットを、今になって取り出したことにも、少し意味があるように思えてくる。

先送りしている人生の課題を書き出してみる

せっかくなので、これから少しずつ整理してみようと思う。

たとえば、

  • いつまで常勤で働くのか
  • 仕事以外で何をしたいのか
  • ブログをどう育てたいのか
  • 株をどういう方針で運用するのか
  • どんな場所で暮らしたいのか
  • どんな旅をしたいのか
  • 「いつかやりたい」と思っていることは何なのか

こうして並べると、どれも急いで結論を出す必要があるものではない。

でも、だからといって、永遠に先送りしていいものでもない。

「いつか考える」ではなく、「私はこれについて、いつまでに一度考える」くらいは決めてもいいのだろう。

今回のタロットが教えてくれたのは、未来ではない。もしかすると、「そろそろ、自分の人生について自分で考えませんか」ということだったのかもしれない。

そして今の私には、その問いのほうが、未来を当ててもらうことよりずっと必要なのだと思う。

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