◆ 年始ランチで訪れた福井駅前 ― まず感じたのは「空気の違い」
年始早々、友人と福井駅前でランチをしました。
久しぶりにゆっくり歩いてみると、まず感じたのは 「街の空気そのものが変わった」 ということ。お約束の「北陸特有の曇天」でしたが、町の空気は明らかに軽やかでした。
かつての少し寂しげな雰囲気を覚えているだけに、そのギャップに驚いてしまいました。
◆ 「駅前の役割は終わった」なんて言われた時代もあったけれど…
かつて福井駅前にあったロフトが撤退したとき、跡地をどうするか、若者が遠ざかるのではないか、と危機感を持つ議論がなされた際、
「遊びが多様化し、駅前の役割は終わった」
と語った評論家がいました。彼が少年の頃は、福井駅前に遊びに来るのが一大イベントだったようです。その後、駅前は郊外型の商業施設ができ、公共施設が郊外にでき、若者が集まれるような飲食チェーンも消え、一時期、本当に寂しい数年を過ごしました。
時代の流れ、価値観の変化――
たしかに、一時期はそう思われても仕方ないほど静かな駅前でした。
◆ 新幹線が全てをぬりかえた
それがどうでしょう。
今、福井駅前に立つとわかります。新幹線延伸で劇的に変わった、と言っても過言ではないでしょう。
駅前の役割は終わっていなかった。むしろ、何倍もの魅力を持つエリアに生まれ変わったのです
◆ いまの福井駅前は「人の流れ」がはっきり変わっている
・臨時のスケートリンクができ賑わう駅前広場
・活気のあるホテル1階の飲食ブース
・旅行者向けの賑わいを意識した商業施設
そして何より……
👉 外国からの観光客を、明らかによく見かけるようになったこと。
ただ通り過ぎるだけではなく、
「目的があって訪れている人」が増えている印象があります。
街に人が歩くと、表情まで明るくなる。
そんな当たり前のことを改めて感じました。
◆ にぎわいの中に“住む”? 自分に問いながら首をかしげる
ただ、自分自身に矢印を向けてみると――
「じゃあ、このにぎわいの中に住みたい?」と聞かれたら、
答えは少し曖昧で、「うーん」となります。たしかにいつも何かしらのイベントがあり、華やかな印象の街並み。きっとワクワクもあるとは思うのですが・・・。
私はこれまで商業エリアに住んだことがありません。
このエリアは自宅から電車に乗れば出てこられる距離だからこそ、
“暮らす場所”と“楽しむ場所”を、自然に分けて考えてきたのかもしれません。
というか、私は県外に出たことがないので、「どうせ変わるのなら、いっそ県外を体験したい」と思ってしまうのです・・・。
◆ 「終の住処」をどこに置く? 心に残った友人の言葉
そんなことを考えてみたのは、
最近、太平洋側出身の知人が40年あまり過ごした福井を離れ故郷へ戻られたから。
理由は、とてもシンプル。
「終の住処は、冬でも太陽が明るい場所で過ごしたい」
その言葉が、心に ずっと残っています。
◆ かつての私と今の私 ― 変わっていく「心の位置」
昔の私は、
「デラシネ(根無し草)のような生き方がしたい」とどこかで思っていました。
最近はあまり意識していませんでしたが、この文章を書いているうちにふと思い出しました。
・どこで暮らすか
・どう生きたいか
・何を大切にしたいか
その答えはひとつではなくて、
人生のタイミングとともに、少しずつ変わっていくのだと思います。
◆ 元旦に考える「私はこれから、どうしたい?」
福井駅前の賑わいを眺めながら、
街はこうして変わっていく。
では、私はどうだろう?
毎年、元旦になると考えます。
「私は本当は、これからどうしたいのだろう」と。
にぎわいの福井駅前と、
静かに揺れる自分の心を少しだけ重ねた、
そんな年始のひとこまでした。


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