先日、『ラストノート』の最終回を勝手に予想する記事を書きました。
第10話の最後、澄晴が葵に言った、
「俺たち、一緒にいない方がいい」
から、澄晴は海外へ行くのではないか。
そして、それは二人が別れるためではなく、二人の将来のためなのではないか――という予想です。
ところが。
今朝、もう一度第10話を見てみたら、ちょっと考えが深まりました。
というより、
「なぜ澄晴は海外へ行かなければならないのか」
が、前より少し見えてきた気がするんです。
もちろん、まだ最終回前なので、全部私の勝手な解釈です(笑)。
葵と澄晴は、お互いを動かした
第10話を改めて見ていて思ったのは、葵と澄晴の「時間」は、確実にお互いによって動き始めたんだな、ということ。
葵にとっては、もちろん澄晴への気持ちが大きい。
そして澄晴にとっても、葵との出会いは大きかった。
止まっていたものが、二人と出会うことで動き始めた。
だから、葵が澄晴を動かしたことは間違いないと思うんです。
ただ、第10話を見ていると、澄晴が向き合っているものは、葵だけではない。
むしろ、
「自分は、なぜ絵を描くのか」
というところに、かなり強く向き合っているように見えました。
「葵がいないと、絵を描けないのか?」
ここが、今回私が一番気になったところです。
竜太やりなが気にしていたのも、突き詰めれば、
「葵さんがいないと、澄晴は絵を描けないのかな」
ということだったのではないでしょうか。
そして、澄晴自身も、そこを考え始める。
葵と出会った。
葵がいたから、絵を描くことができた。
葵が、自分を動かしてくれた。
それは確かにそう。
でも、それでは、
「葵がいなかったら、俺は絵を描けないのか?」
という問いが残ります。
そして、あの男の子の言葉をきっかけに、澄晴は気づく。
絵を描く原動力は、結局、自分自身の中にある。
私は、ここが第10話のかなり重要なポイントだったのではないかと思っています。
葵がきっかけだった。でも……
ここは誤解したくないところです。
「葵ではなく、絵を選ぶ」という話ではないと思うんです。
むしろ、
葵が澄晴を動かしたことと、澄晴が自分自身の力で絵を描くことは、矛盾しない。
葵は、澄晴がもう一度動き出すための大きなきっかけだった。
でも、絵を描き続ける理由まで、葵であってはいけない。
そこは、澄晴自身の中に見つけなければならない。
そう考えると、澄晴が言う、
「俺は自分のことばっかりだ……」
という言葉も、また違って聞こえてきます。
これまで私は、どちらかというと「自分勝手」というニュアンスで聞いていました。
でも今は、
「俺は、自分がどうしたいのかを考えなければならない」
というところまで来たのではないかと思うんです。
だから「一緒にいない方がいい」なのか
そう考えると、第10話最後の、
「俺たち、一緒にいない方がいい」
も、やっぱり気になる。
「別れよう」ではない。
ここ、かなり重要だと思っています。
もし澄晴が今、自分自身のこと、絵のこと、そしてこれからの人生のことを考え始めたのだとしたら。
葵と離れたいのではなく、
葵と一緒にいることで、自分の答えを葵に預けてしまうことを避けたい。
そんな意味なのではないでしょうか。
つまり、
「葵か、絵か」
ではない。
「葵も、絵も、自分の人生も」
全部欲しい。
そのためには、一度、自分一人で立ってみる必要がある。
私は、そういうことなのではないかと思っています。
「全部取り返す」の「全部」
そうなると、第9話の、
「俺、全部取り返すから」
という言葉も、また違って聞こえてきます。
最初は、葵を取り戻すという意味だと思っていました。
もちろん、それも含まれていると思う。
でも、「全部」って、もっと大きいのかもしれない。
葵。
絵。
そして、自分自身。
自分がやりたいこと。
自分の人生。
これまで諦めたり、手放したりしてきたものを、全部取り戻す。
その中には、
「自分の可能性を、自分で狭めない」
ということも含まれているのではないでしょうか。
「可能性を狭めない」
そう考えると、以前りなが葵にぶつけた、
「澄晴の可能性をあなたは狭めている」
という言葉も、妙に引っかかってきます。
あのときは、葵と澄晴の関係を否定するための言葉にも聞こえました。
でも、物語の終盤まで来てみると、
「どちらかを選ばなければならない」
という考え方そのものが、澄晴を苦しめていたのではないか。
葵か、絵か。
恋愛か、夢か。
どちらかを選んだら、どちらかを諦める。
でも、本当にそうなのか。
可能性を狭めなくていい。
その答えを、澄晴自身が見つけようとしているのではないでしょうか。
だから、海外へ行く
そして、ここで第10話の予告に出てきたパスポートです。
やっぱり、私は澄晴が海外へ行くと思いたい(笑)。
ただし、前回の記事を書いたときよりも、その意味については考えが変わりました。
「葵と別れるために海外へ行く」のではない。
「絵を描くために海外へ行く」だけでもない。
自分自身を確かめるために行く。
自分は何を描きたいのか。
なぜ絵を描くのか。
自分はどう生きたいのか。
そして、その先で、
「やっぱり葵と一緒に生きたい」
と思うのなら、それは誰かに決められた答えではなく、澄晴自身が選んだ答えになる。
それって、かなり大きな違いだと思うんです。
「行ってらっしゃい」が見たい
だから、私は最終回で葵に「行かないで」と言ってほしくない。
いや、もちろん言ってほしい気持ちもありますけど(笑)。
それより、
「行ってらっしゃい」
と言ってほしい。
澄晴が一人で立つことを信じて送り出す。
そして澄晴も、帰ってくることを前提に旅立つ。
「二人が別々の道を選ぶ」のではなく、
二人がこの先も一緒に生きていくために、澄晴が自分自身を確かめに行く。
そんな展開だったら、私はかなり好きです。
そして、海外で絵を描いて、少し大きくなって帰ってくる。
葵のところへ戻ってくる。
……寺西拓人さん、お願いします(笑)。
そして、やっぱり旅費どうするんだ問題(笑)
ただし。
ここで非常に現実的な問題が一つ。
澄晴、海外に行くお金はどうするんでしょう(笑)。
ここはまだ全然わかりません。
お父さん絡みで何かあるのかもしれないし、ないのかもしれない。
でも、そこまで含めて最終回を待ちたいと思います。
前回の記事では「旅費どうするんだ問題(笑)」をかなり真面目に考えてしまいましたが、今回はもう、
行くなら行くで、どうにかしてくれ!
という気持ちです(笑)。
最終回まで、あと少し
こうして第10話をもう一度見てみると、私の中では、
「澄晴は海外へ行く」
という予想そのものより、
「なぜ行くのか」
のほうが重要になってきました。
葵が澄晴を動かした。
二人が出会ったことで、それぞれの止まっていた時間が動き始めた。
でも、そこから先を生きていくためには、自分自身の力で立たなければならない。
葵がきっかけだったことと、澄晴自身の中に絵を描く原動力があることは、両立する。
だからこそ、
「一緒にいない方がいい」
なのかもしれない。
別れるためではなく。
諦めるためでもなく。
二人の将来のために。
私は、今のところそう予想しています。
もちろん、最終回を見たら、
「全然違ったじゃん!」
となる可能性も大いにあります(笑)。
でも、こうやって最終回までの数日間、
「あの場面はこういう意味だったんじゃないか」
「いや、こっちかもしれない」
と考える時間も、ドラマの楽しみの一つ。
前回の記事では「海外へ行く」に一票。
今回はそこに、
「自分自身を確かめるための海外」
という一票を追加しておきます。
そして最後はやっぱり、
「行かないで」ではなく「行ってらっしゃい」
に一票。
さて。
木曜日、どうなるでしょう。
今度こそ、本当の答え合わせです。

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