「辞めさせられた」ことはあっても、「自分で辞めた」ことがない。更新時期にもやもやする中高年が、アドラー心理学で考えてみた

働く

「助かった」と「やっぱり違う」

就職が決まったとき、心から「助かった」と思った。
そう振り返る中高年は、少なくないと思います。

収入がある。行く場所がある。「拾ってもらえた」という安堵感。

ところが、数か月たつと、別の声が聞こえてくる。

「やっぱり、何か違う」

そして、いまは更新時期。続けるのか、やめるのか。頭の中で、毎日同じ問いが回っています。

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でも、この「違う」は、誰にも言いにくいものです。拾ってもらったのに。贅沢を言うな、と自分でも思う。かといって、前の職場に戻れるわけでもない。

同じように、もやもやしながら更新の時期を迎えている方は、きっと多いはずです。

私たちには「自分で辞めた経験」がない

少し立ち止まって、これまでのキャリアを振り返ってみます。

定年。不採用。雇止め。契約満了。人事異動。

私たちの「終わり」は、いつも誰かが決めてきました。

若い頃なら、転職というかたちで「自分で終える」経験を積めたかもしれません。でも、中高年になって初めて「自分で辞めるかどうか」を問われると、その経験がまったくないことに気づきます。

だから、決めるのが怖い。決めたあとの責任を、自分で負うことに慣れていないのです。

これは、意志が弱いのではありません。「自分で終える練習」をする機会が、そもそもなかった。それだけのことだと思います。

では、どうすればいいのか。

身近に相談できる専門家は、意外と少ないものです。就職支援は「求職中」の人向けが中心で、「就職したけれど違う」という人の居場所は、あまり見当たりません。

そこで、アドラー心理学の考え方を借りて、自分で整理してみることにしました。『嫌われる勇気』で広く知られるようになった考え方ですが、今回の悩みと驚くほど噛み合います。

課題の分離:「決めるのは自分、評価するのは相手」

アドラー心理学の中心的な考え方に、**「課題の分離」**があります。

その課題の結末を最終的に引き受けるのは誰か。それで、誰の課題かを分ける、というものです。

更新するか、辞めるか。これは私の課題です。結果を引き受けるのは私だからです。

一方で、「やる気があるように見えるか」「どう評価されるか」は、相手の課題です。相手がどう思うかは、私にはコントロールできません。

この区別をつけるだけで、頭の中の混乱が少し整理されます。

ただし、これは「何を言われても聞き流していい」という意味ではありません。事実として受け取るべき指摘(報告が遅れた、など)は受け取る。でも、「やる気がない」という相手の評価は、相手に返す。この切り分けが、自分を守りながら、改善すべき点には向き合うコツだと思います。

【ここに、自分が言われた言葉を、事実と評価に分けて考えた例があれば】

目的論:「その気持ちは、何のために出てきたのか」

アドラー心理学は、「原因」ではなく**「目的」**で考えることを勧めます。

「やっぱり違う」と感じるのは、過去に原因があるからではなく、その気持ちが何かの目的を果たしているから、という見方です。

その目的は、何でしょうか。

  • 本当にやりたいことを、思い出させるため
  • 自分を、これ以上すり減らさないため
  • あるいは、決断を先延ばしにする言い訳を作るため

最後の一つは、少し耳が痛い話です。「やっぱり違う」と言い続けている間は、決めなくて済む。もやもやは、苦しいのに、ある意味で「安全」でもあるのです。

自分のもやもやは、どの目的のために出てきているのか。一度、正直に問い直してみると、答えが見えてくることがあります。

劣等感と優越性の追求:「違う」は、成長のサイン

アドラーは、劣等感を悪いものとは考えませんでした。劣等感は、「もっと良くなりたい」という成長のエネルギーだと捉えます。

「ここは、自分の力を活かせていない」という感覚も、見方を変えれば、「もっと力を使いたい」という意欲の裏返しです。

問題は、そのエネルギーを、愚痴や諦めに使うのか、次の一歩に使うのか。ここは、自分で選べます。

共同体感覚:「誰かの役に立てている」と思えるか

アドラー心理学の最終的なゴールは、共同体感覚だとされます。簡単に言えば、「私は誰かの役に立っている」「ここに居場所がある」と感じられること。

仕事の価値を、給料や評価、肩書きで測ると、「違う」と感じやすくなります。でも、「誰かの役に立っている」という感覚で測ると、見え方が変わることがあります。

いまの場所で、貢献感を持てているか。持てているなら、それは続ける理由になります。持てていないなら、どこでなら持てるのかを考えるヒントになります。

ここで大切なのは、貢献感は「職場」でなくても得られる、ということ。地域の活動、ブログ、家族、友人。仕事以外の場所で貢献感が満たされているなら、仕事は「生活を支える場所」と割り切るのも、立派な選択です。

勇気づけ:「評価」ではなく「感謝」で、自分を支える

そして、アドラー心理学の実践で欠かせないのが**「勇気づけ」**です。

勇気づけとは、「よくできたね」と上から評価する(褒める)ことではありません。「ありがとう」「助かった」という、横の関係での感謝や尊敬を伝えることで、相手(や自分)が「自分には価値がある」と感じられるようにすることです。

決断に迷うとき、私たちはつい、自分に厳しくなります。「なんで決められないんだ」「根性がない」。これは、**自分への「勇気くじき」**です。

そうではなく、自分にこう声をかけてみる。

  • 「ここまで、よく続けてきたね」
  • 「迷うのは、真剣に考えている証拠だよ」
  • 「どちらを選んでも、自分で決めたことなら、それでいい」

自分で自分に「ありがとう」を言う。これも、立派な勇気づけです。

そして、もう一つ。他人からの評価が低いときほど、「自分の価値」と「相手の評価」を切り離す。これは、課題の分離と合わせて使うと、効果的です。

決めるための4つの問い

ここまでの考え方を、仕事の更新を前にした問いにまとめてみます。

  1. 課題の分離:いま悩んでいることのうち、「自分の課題」はどれで、「相手の課題」はどれか
  2. 目的論:「違う」という気持ちは、何のために出てきているのか。決断を先延ばしにする言い訳になっていないか
  3. 共同体感覚:どこで、誰の役に立っていると感じられるか
  4. 勇気づけ:どちらを選んでも、自分で決めた自分に、「ありがとう」と言えるか

そして、現実的な問いも忘れずに。

  • お金:いつまで、いくらあれば暮らせるか
  • 期限:いつまでに決めるか。決めないことが、「更新する」という決断になっていないか

結論は出さない。問いを置いて、終わります

「更新するべきか、やめるべきか」。この記事に、答えはありません。

アドラーも、答えを教えてはくれません。ただ、**「決めるのは、あなた」**と言うだけです。

でも、決めるのが怖いのは、あなただけではありません。「辞めさせられた」ことはあっても、「自分で辞めた」ことがない。そんな私たち中高年が、ここに何人もいます。

迷っている時間は、無駄ではありません。ただ、「決めずに流されている」のではなく、「考えたうえで決めた」と言える自分になりたい。

どちらを選んでも、それが「自分で決めたこと」なら、きっと次の一歩を歩いていけるはずです。

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