アスリートの減量は褒められるのに、なぜ中高年のダイエットは「いい年をして」と笑われるのか

スポーツ選手が目標のために減量すると「ストイックで素晴らしい」と称賛される。
芸能人が役作りで何キロも痩せれば「さすがプロ意識が高い」と羨望の眼差しを向けられる。

なのに、なぜ私たちが自分の体や人生を変えたくて必死に取り組むと、「いい年をして」「また始まった」「体に悪いよ」なんて冷ややかな言葉や失笑が飛んでくるのでしょうか。

「アスリートと一緒にしないで」
「女優じゃないんだから」

そんな言葉で片付けられるたび、胸の奥に冷たい悔しさが広がります。
自分を変えたいという切実な思いに、立場や年齢なんて関係ないはずなのに。

周囲の冷ややかな言葉の正体



なぜ、私たちが自分と向き合おうとすると、身近な人ほど冷たい反応を示すのでしょうか。

それは、私たちが「意思が弱いから」でも「無謀だから」でもありません。見る側の勝手な都合と感情がそこにあるからです。

アスリートや芸能人は、「試合」や「作品」という目に見える成果がセットになっているため、世間はそれをドラマとして称賛します。一方、私たちのダイエットは「日々の生活」の中で行われるため、周囲にはその切実なドラマが見えず、単なる「悪あがき」のように処理されてしまうのです。

さらに言えば、「いい年をして」と否定してくる人の裏には、無意識の恐怖や焦りが隠れています。
あなたが変化していくことで「自分を置いて遠くへ行ってしまうのではないか」「変わりゆく姿を見せられると、変われない自分が焦ってしまう」という、相手側の自己防衛に過ぎません。

相手の言葉は、あなたの価値や努力を測る物差しではないのです。



## 誰のサポートもなく、一人で戦っている凄さ

確かに私たちは、特別なプロでも女優でもありません。

けれど、アスリートや女優には、食事や運動を管理してくれる専属のトレーナーや栄養士がいます。そして何より、減量すること自体が「仕事」として成立しています。

私たちはどうでしょうか。
毎日の家事や仕事、家族との関係、年齢によるホルモンバランスや代謝の変化と戦いながら、誰からお金をもらうわけでもなく、誰に褒められるわけでもなく、たった一人で自分自身と向き合っています。

過酷な環境の中で、悩み、挫折しかけながらも足あがきをしている私たちの姿は、冷やかされる筋合いなどどこにもありません。
誰のサポートもない中で自分を変えようとしているあなたは、間違いなく泥臭く、ストイックで、誇るべき挑戦をしています。

家族にも世間にも「宣言」しなくていい



「今度こそ本気で痩せる」と宣言して冷たくあしらわれるくらいなら、もう周囲に宣言する必要はありません。期待されるのも、失望されるのも、今の心には余計な荷物になるだけです。

あなたの体調管理は、誰にも言わず「自分だけのひそかな実験」として静かに進めればいいのです。

世間や家族が納得する「正しさ」を目指す必要もありません。
無理な食事制限で自分を追い詰めるのではなく、温かいスープを飲み、お腹がすいたらプロテインや少量のナッツを補給し、自分の体を丁寧に扱ってあげる。

周囲に見せるためのダイエットではなく、自分が自分を好きになり、これからの人生を軽やかに生きていくための選択です。

自分の人生の主導権を取り戻す



「いい年をして」という言葉に、自分の価値を渡さないでください。

年齢を重ねたからこそ、これからの人生を心地よい体で過ごしたいと願うのは、人としてごく自然で、美しい欲求です。

外野の冷ややかな声は「変わっていく私への嫉妬」として静かに聞き流し、今日からまた、自分を大切にする選択を重ねていきましょう。

あなたが自分自身と仲直りし、誇りを持って毎日を歩んでいけることを、心から応援しています

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