前回の記事では、目元の美容医療のあと、翌日から仕事に行くために「できるだけ誰にも気づかれないようにする作戦」をあれこれ考えていました。
→ 目の美容医療 手術翌日から仕事。誰にも言わずダウンタイムを乗り切る60代の作戦会議
ところが、その後いろいろありまして。
クリニックを変え、予定していた日程を前倒しし、どうせ休みを取るならと、気になっていた施術をまとめて受けることに。
9月中旬、予定していた美容医療を一気に済ませました。
そして術後。
鏡を見るたびに、
「これは……普通の顔に戻るまで、結構かかるのでは?」
と思うほど腫れました。
それでも仕事には行かなければならない。
そして私は、できれば誰にも言いたくない。
そこで、マスク、サングラス、眼鏡……と、その時々で装備を変えながら日常生活に戻っていきました。
今回は、その後の話です。
実際、人はどこまで気づくのか。
「バレた」というほどではない
最初に言っておきたいのですが、私は今回、
「美容医療を受けたことがバレた!」とは、実はあまり思っていません。
もちろん、「なんか変だと思われているかも」という緊張感はありました。
でも、「あなた、美容医療したでしょう」と断定されたわけではありません。
むしろ、「なんか違う?」「どうしたの?」「なんかしたやろ?」
という、非常に曖昧なところを行ったり来たりしていた感じです。
これが、思っていたより面白い……いや、本人としては全然面白くないのですが(笑)、興味深い経験でした。
翌々日は、マスクとサングラス
術後しばらくは、マスクにサングラス。
目元を隠してしまえば、とりあえず安心です。
自分としては、
「これなら、そうそう見られないだろう」
と思っていました。
ところが、ずっとサングラスをしているわけにもいかない。
少しずつ薄い眼鏡に変更しました。
そこで、思わぬ方向から声が飛んできました。
「眉描いているんか?」
職場で、男性の高齢上司から言われたのです。
「眉描いているんか」
……。
そこ?
私は目元の腫れや黄色み、傷あとや糸のことを気にしている。
なのに相手が気づいたのは、眉でした。
しかも「美容医療したんか」ではなく、
「眉描いているんか」。
正直、これは嫌でした。
こちらがものすごく気にしているところを、見られたような気がしたからです。
でも、考えてみれば、相手には本当に「眉を描いているように見えただけ」なのかもしれません。
美容医療をしたとは、思っていなかったのかもしれない。
週末。よりによって研修の日
そして土曜日。
術後まだ数日なのに、私は人前に立っていました。
しかも、初めてお会いする方もいる。
距離も近い。
よりによって、円卓です。
「この顔で大丈夫なのか?」
と、こちらはかなり気にしていました。
眼鏡をかけて、できるだけ普通の顔をしているつもり。
そこに知人がいました。
その人は医療系の仕事をしています。
すると、
「なんか目の周り黄色いけど、どうしたん?」
そして、
「なんかしたやろ」
と。
さらに、もう一人の知人も看護系。
「職業柄わかる」
そんな言葉に、こちらは内心ドキドキです。
ただ、ここは冷静に考えると、「何をしたのかまでわかった」ということではありません。
目の周りが黄色っぽい。
あざのように見える。
それだけなら、いろいろな理由が考えられます。
実際、目の周りがあざのようになることは、美容医療に限ったことではありません。
だから、
「切開したことまでわかったのかな?」
「美容医療だと思ったのかな?」
というところまでは、私にはわかりません。
ただ、
「なんかしたやろ」
とは言われた。
そして、そこから先は聞かれませんでした。
私も言いませんでした。
なんとも微妙な、暗黙の了解です。
無邪気な人には通用しない
日曜日。
まだ顔が腫れているので、
「顔が腫れているから」
という言い訳をしつつ、マスクと眼鏡でダンスの練習へ。
すると、無邪気なタイプの人から、
「どうしたの?」
と聞かれました。
こういう人は強い。
悪意がないから、遠慮もない。
私は思わず、
「聞かないで」
と言ってしまいました。
たぶん相手は、「そこまで聞いてはいけないことだったの?」と思ったかもしれません。
でも、こちらとしては、
今はそこ、聞かないでほしい。
それだけです。
そして美容師さんに冷や汗
同じ日、さらにヒヤッとする出来事がありました。
美容師さんである仲間から、
「つけまつげの長さを計っておきたい」
と言われたのです。
もちろん、相手に深い意味があったわけではありません。
美容師さんなのだから、普通に仕事上の話です。
でも、こちらは、
「えっ、今、この目元をそんなに近くで見るの?」
と、内心冷や汗。
術後の目元を気にしている本人と、何も知らずにいつも通り接している相手。
この温度差が、なんともいえません。
ところが、家族は何も言わない
ここまで来ると、私はだんだん不思議になってきました。
では、一番身近な家族はどうだったのか。
実は、何も言いません。
美容に詳しい家族ではありません。
女性がいても、特に何も聞いてきません。
考えてみれば、今回の私には別の「顔が腫れる理由」もありました。
ちょうど職場でいろいろあった。
夫とのいさかいもあった。
泣いたり、体調を崩したりもしていた。
だから家族から見れば、
「最近いろいろあったから、顔が腫れているのかな」
くらいだったのかもしれません。
もちろん、本当のところはわかりません。
ただ、ここでちょっと思ったのです。
人は「顔」だけを見ているわけではないのかもしれない
私は、自分の顔のことをものすごく気にしていました。
腫れている。
黄色い。
目元がおかしい。
糸が見える。
眼鏡で隠そう。
サングラスにしよう。
マスクをしよう。
でも、周りの人は、私ほど私の顔を見ているわけではない。
そして、仮に「いつもと違う」と気づいたとしても、その理由は人それぞれです。
医療関係の人なら、
「何かしたのかな」
と思うかもしれない。
美容に詳しくない家族なら、
「疲れているのかな」
「泣いたのかな」
と思うかもしれない。
あるいは、そもそも何も気づかない。
「バレる」のではなく、「どう解釈されるか」
今回のことでわかったのは、
美容医療のあとに人から気づかれるかどうかは、単純に「バレる・バレない」ではないということでした。
「なんか違う」と感じる人はいる。
「なんかしたやろ」と言う人もいる。
でも、それが美容医療だと結びついているとは限らない。
そして、気づいていても、あえて聞かない人もいる。
もしかすると、私の年齢や普段のキャラクターから、
「まさか、この人が美容医療をするとは思わない」
と思われているのかもしれません。
これも私の勝手な想像ですけれど。
結局、一番気にしていたのは私だった
「誰にも言わずに美容医療を受ける」。
そう決めたとき、私は「もしバレたらどうしよう」とかなり考えていました。
でも実際に日常生活に戻ってみると、
「なんかしたやろ」
と言われても、それ以上は聞かれない。
「どうしたの?」
と聞かれても、「聞かないで」で終わる。
家族には何も言われない。
つまり、
気づかれることと、知られることは、どうやら別のことらしい。
そして私は、思っていた以上に、
「人からどう見えるか」
を気にしていたのかもしれません。
美容医療を受けたことそのものより、
「この顔を見て、周りはどう思うんだろう」
と。
今となっては、少しずつ腫れも引いてきました。
あの頃の私に言うなら、
「案外、人はそこまで他人の顔を見ていないよ」
と言ってあげたい。
……とはいえ。
「なんかしたやろ」
と言われた瞬間の冷や汗だけは、しばらく忘れそうにありません。

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