「暮らすように旅する」って、こういうことだった~メルボルン6泊でわかった大人の旅の作り方

旅する

「暮らすように旅する」という言葉が、なんとなく好きです。でも正直、どういうことなのかよく分かっていなかった。

観光をしないということ スケジュールを詰め込まないということ

メルボルンで6泊過ごして、ようやく分かった気がしました。「暮らすように旅する」とは、その街の日常の時間の流れに、少しだけ混ざることだと実感したのです。

図書館で2時間、本を読んだ

旅の途中、ビクトリア州立図書館に入りました。観光名所だからではなく、本当に図書館として使いに行きたかったからです。

ドーム型の天井の下に、長机がずらりと並んでいる。学生も、ビジネスパーソンも、観光客っぽい人も、みんな静かに本を開いていました。

私もカバンから持参した文庫本を出して、2時間ほど読みました。コーヒーを飲みながらでもなく、スマホを眺めながらでもなく、ただ読むだけ。「旅先の図書館で読書している」という状況が、不思議でうれしかった。観光はしていない。でも確かに、メルボルンにいる、と思えました。

台所のある部屋で朝ごはんを自分で用意した

今回の宿はキッチン・洗濯機・乾燥機付きのアパートメントホテルを選びました。旅慣れた人たちが「キッチン付きにするといい」と言うのを聞いていましたが、私はほぼ初めての経験。感想は、なるほどと実感したのです。

朝は近くのスーパーで買ったヨーグルトとフルーツを並べました。マーケットで買ってきた野菜を切って、サラダにした朝もありました。ホテルの朝食ビュッフェに並ぶより、台所で自分のペースで食べる方がずっとくつろいだ。旅先なのに「生活している」感覚がありました。

部屋の中に洗濯機が使えるから、着替えも少なくて済みました。春先に行ったはずなのに、町を散策すると結構汗がにじみました。スーツケースには持ってきた着替えが日数分ありましたが、汚れ物が場所をとることもなく地味にうれしかったです。

カフェで1杯、2時間過ごした

メルボルンは「コーヒーキャピタル」と呼ばれる街です。路地裏の小さなカフェでもバリスタが丁寧に1杯ずつ淹れることが多い。

ある日、目についたカフェに入って、フラットホワイトを1杯頼んで、そのまま2時間居座りました。本を読んで、外を眺めて、ときどきメモを書いて。急かされることもなく、ただそこにいた。

「旅しているのに何もしていない」ではなく、「この街に、いる」という感覚。それが「暮らすように旅する」ということだと思えました。

ちなみにメルボルンのカフェには「マジック」というメニューがあります。エスプレッソとスチームミルクを合わせたメルボルン発祥のドリンク。テレビ番組の真似をして「マジックをひとつ」と言えたとき、少し誇らしかったのを今でも覚えています。

迷いながら街を歩いた

ことりっぷを片手に、目的地を決めずにふらふら歩いた日もありました。気になった路地に入り、気になるお店を覗いて・・・。道に迷っても、スマホで現在地を確認すれば戻れる。それが分かっていると、迷うことが怖くなくなるものです。「その先に何があるんだろう」という好奇心に従って歩くのが、いちばん楽しかった。

「旅している」より「いる」という感覚

図書館で読んだ本。台所で作った朝ごはん。カフェでの2時間。そういう「普通の時間」を、旅の中に少しではありますが持つことができました

退屈だったかというと、全然そうじゃなかったです。むしろ帰国してから、「あの街に本当にいた」という実感が続いているくらい。「暮らすように旅する」とは、スケジュールを空けることではなく、その街の時間の流れに乗ること。60代になって初めて、そういう旅ができた気がする。

この旅全体の振り返りはこちら。
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